「ラグビーの選手には体重が120キロにもなるフォワードから70キロほどのバックスまで体格差が大きく、ポジションによって役割も異なり、国籍も食文化もそれぞれ。合宿での身体作りやスタミナ強化のための食事を考え、大会期間中はコンディションを崩さずに、試合直前はエネルギーになりやすいものをなど、栄養面全般を担うことの責任はすごく感じました」
そう語るのは、株式会社 明治の管理栄養士・村野あずささん(47)。
全日本大学女子駅伝で優勝し、実業団の陸上選手として活動していた村野さんは、引退後に食品メーカー「明治」(当時の明治製菓)に入社し、管理栄養士の資格を取得。その後は、数多くのアスリートの栄養サポートを経験し、現在はスピードスケートの高木美帆選手(25)やボクシングの井上尚弥選手(26)などをサポートしている。
そしてラグビーW杯で史上初のベスト8入りを果たした日本代表の栄養管理を担当していたのも村野さんだった。
「’17年秋からチームに定期的に帯同し、栄養サポートを行うようになりました。バランスよく栄養を摂るための必要な食材や基本的なメニュー構成を私が考え、合宿所となるホテル側に食事提供をお願いします。スケジュールや、遠征場所によっても調整が必要ですし、とにかく年間で200日以上の長期間の合宿生活なので、栄養面だけではなく、飽きずに食事がストレスにならないようにホテルの料理長とは綿密な打ち合わせを繰り返しました」
厳しい練習でも体重を減らさないためには、1日に5〜6千キロものカロリーを摂取しなければならない。これは一般的な成人男性の倍近くだ。合宿所では朝昼晩とビュッフェ形式となる。
「主食(炭水化物)は白米、玄米、パン、シリアル、うどん、そば、パスタ、オートミールなど。おかず(タンパク質)は、鶏肉、豚肉、牛肉、ときにはラム肉、魚類や卵料理。緑黄色野菜がそろうサラダコーナーや温野菜、乳製品やフルーツ、スムージーなども出します。ほかに副菜もふくめ、品数は50〜60種類にもなります。その中から選手たちが自分の身体に必要な品をチョイスして食べるのです。選手たちの嗜好や食文化のリサーチをしながら、こまめにリクエストも聞くようにしていました。酢豚好きの松島幸太朗選手のリクエストに対しては、シェフに豚肉をノンフライにしてオーダー。田中史朗選手(34)からは生春巻きが食べたいというリクエストがあり、セルフで作れる生春巻きコーナーをつくりました。田中選手が作る生春巻きが選手からもスタッフからも好評で、楽しそうにたくさん作って皆にふるまっていましたよ」
日本代表には外国出身の選手たちもいる。
「外国出身の選手はライ麦パンが好きですので、必ず出すようにしました。ニュージーランド出身のリーチ・マイケル選手(31)は日本食も大好きで、納豆やサバの味噌煮も好きです。オートミールにはすごくこだわりがあって、柔らかすぎず硬すぎてもダメ。ちょうど良いテクスチャーになるよう作り方をリーチさんから教わりそれを毎回ホテルに細かく伝えていました」
2年間の中で栄養指導が必要だった選手も多かったという。例えば姫野和樹選手(25)は朝食ではサラダやヨーグルト、スムージーを口にする程度だったという。
「ギリギリまで寝て食堂に降りてきて、エネルギー源として必要なごはんなどの炭水化物を食べない。十分なエネルギー源が不足した状態で練習すれば身を削ることになるし、疲労やケガにつながりやすい。食堂に来る時間や食の大切さについて何度も説きましたが、半年くらいはあまり耳を傾けなかったですね(笑)」
そんな姫野選手に根気よくアドバイスを続け、ときには世界で活躍する他の競技のアスリートの食への意識や取り組みを話すなど刺激を与えてきた。その一人が米大リーグで活躍している大谷翔平選手(25)。昨年、村野さんの紹介で、姫野選手は大谷選手と会食する機会を持った。それが大きな刺激となり彼に変化が現れた。
「昨年のオフ時に、これからは栄養をしっかり考えたい、と意思表示があり、食べたものの栄養計算をしたり、オフ期間中には自炊の食事画像が携帯電話に送られてきて、栄養が適切かどうかなど、相談を受けるようになりました」
練習後はいかに素早くリカバリーするかが重要で、直後の栄養補給が大切になる。リカバリー用のゼリードリンクやプロテインで炭水化物(糖質)とたんぱく質を補給し、さらに練習の合間に補食や夜食なども含め、ハードトレーニングの期間中は1日に7〜8食も食べなければならないという。
実はラグビー日本代表には、試合直前に食べる、いわゆる“勝負メシ”がある。
「プレマッチミールと呼ばれ、毎試合、キックオフの4時間ほど前に最後の軽食をとります。エネルギーに変わりやすい炭水化物が中心で、定番はおにぎり、うどん、パスタなどですが、今シーズンからおはぎが定番メニューになりました。おはぎは腹持ちの良いもち米や糖質の多いあんこを使っており、試合前のエネルギー補給としては最適。4月の試合でおはぎを提供したところ選手から『最高!』『これは試合前マストです!』といった反応がありました」