「これから家族とゆっくりしながら、ふつうの生活がしたいですね。平和な日常が戻ってくる嬉しさを噛みしめながら……」
プロボクシングの世界規模トーナメント「ワールド・ボクシング・スーパー・シリーズ(WBSS)」バンタム級決勝戦(11月7日 さいたまスーパーアリーナ)で、WBA同級スーパー王者のノニト・ドネア(36・フィリピン)と対戦し12回判定勝ちを収めたWBA・IBF同級世界チャンピオンの井上尚弥(26・大橋ジム)。
「右眼窩底と鼻骨の骨折」の重傷を負いながらも、ピンチを乗り越えられたのは「息子の存在が大きい」と話していた井上。’15年に高校の同級生の咲弥さんと7年間の交際を経て結婚し、’17年には長男・明波くん(2)が誕生している。
井上が世界を制したバンタム級の元WBC世界チャンピオンで、現解説者の長谷川穂積さん(38)は、結婚し父親になった後の’05年に王者になり、連続10度防衛した名チャンピオン。自身の現役時代の「家族との関係」を踏まえながら、交友も深い井上の家族について次のように話す。
「ウチは試合前、妻(=泰子さん。高校時代に知り合い、プロデビュー3年後に結婚)もいっしょに減量してくれていたんです、『ダイエットできるわ』とか言いながら(笑)。それでも僕にとっては『いっしょに試合してくれる』感覚でした。妻の場合、腹が減るとイライラして、夫婦ゲンカになっちゃうこともあったけど(笑)。井上選手ご夫妻とは何度か一緒に食事したことがあります。とても仲がよく、『気心が知れた間柄』という印象でした。10代からお互いを知っているという意味では、僕ら夫婦と似ていて幼馴染という感じ。すくなくとも、『スター・井上尚弥』と知り合い結婚したわけではない」
長谷川さんは、たとえば「華々しいチャンピオン、スター」という立場になってから結婚した夫婦は、引退して“フツーの人”になったあとの生活や境遇に耐えられなくなってしまうパターンがあるのだという。
「強くなって有名になれば、周囲からは『世界チャンピオン』と一目置かれ、見上げられるようになる。それを勘違いして失敗したチャンピオンの例は、いくらでもあります。チャンピオンでいるうちはチヤホヤされるけれど、ボクサーの人生は、引退した後の方が圧倒的に長いのです」
17歳からいっしょだった長谷川さんの妻・泰子さんは、“食えない”“何物でもない”時代を知っているこそ、現役中に防衛失敗(王座陥落)したときも、引退したいまも、お互い変わらず自然体でいられる。
「先日の試合で井上選手は右目の上を負傷しました。そんな試合が何カ月かに一度ある、というのは奥さんにとっても不安でしょう。僕ら夫婦でいえば、喧嘩ができるくらいのほうが、気が紛れるというか『いつもと変わらんなあ』と試合直前でもリラックスできていた。選手の試合前のテンションに奥さんが合わせていたら、家庭内が重苦しい雰囲気になって、お互いにとって家が息を抜ける場所ではなくなってしまいますから」
長谷川さんは世界王者になってから3度敗戦したが、後に王座を奪取して3階級制覇という偉業を成し遂げた。泰子さんもそれと同じ起伏を歩んできている。
「妻は、僕が負けた後でも変わらなかった。昔から勝ち負けに関係なく、『あなたがあなたのままでいてくれればいい』と。井上選手に助言できるとすれば、シンプルに『オンもオフも、夫婦仲よく』がいちばん。家族でいっしょに闘っていく雰囲気を楽しめたら、ボクシングを長く続けられると思うんです。世界中で注目されている選手なので、アメリカをはじめ海外での試合が増えることでしょうが、離れていても夫婦は夫婦だし、『家族の絆』のほうが強いモチベーションになります。『勝って、チャンピオンのままで家族の顔を見る』という新しいモチベーションにもなりますからね。彼は大丈夫だと思います」