■アイスショーで準備した予備プログラム
4回転アクセルという野望はアイスショーで叶えればいい。
そう思い至ったとき、羽生がもう一つ考えたであろうことが、自分がこれからしようとしていることは“現役引退”なのか、ということではないだろうか。
「“もう、このステージにいつまでもいる必要はないのかな”と考え、“よりうまくなりたい、より強くなりたい”と思って決断をしました」
会見でそう話したように、気持ちは前向きなものだった。自分はあくまで“現役のプロアスリート”になるのだーー。
そもそもフィギュアスケートのプロとアマの違いはなんなのか。解説者の本田武史さんに聞いた。
「フィギュアスケートの場合、アマチュアというのは日本スケート連盟に登録して競技会に参加するということ。その登録がなくなった時点でプロです。ちなみに、一度競技会を離れて登録を消したとしても、1回だけは戻れるというルールもあります。これまで登録し直した選手といえば、伊藤みどりさんがいますね」
前出の都築さんは、羽生が実現しうるプロ像について、
「だいたい、プロになるとみんなレベルを下げてしまうけど、羽生はアマチュアのときより『もっともっと挑戦的にやっていきたい』と言っていますね。プロになると競技の規制が外れて、自由度が増す。それだけに厳しく自分を持っていないと、トレーニングもおろそかになるとも思いますが、本人もそのあたりは心得ているのではないでしょうか。規制のないなかでの演技でこそ、“本当の羽生結弦”が出てくるかもしれません」
5月27日に開幕したアイスショー『ファンタジー・オン・アイス』に出演した羽生は、プロへの思いを深めたようだ。6月に行われた名古屋公演の関係者から、羽生のショーへの本気度を裏付ける逸話が聞こえてきた。
「最終日のリハーサルで突然、『パリの散歩道』の曲をかけて演技を始めたんです。あのソチ五輪で金メダルを取ったショートプログラムの曲です。ショーのプログラムには入っていない曲なので、周囲もなぜ踊っているのか不思議がっていました。すると、羽生さんが『もし、何かアクシデントが起きたときに、すぐに踊れるように準備している』と」(ショーのスタッフ)
この前日の公演で、リンクに大きな穴が開いていたというトラブルがあった。そのとき、羽生は即興のパフォーマンスを見せ、整氷作業中の場をつないで会場を盛り上げたのだが、この経験から何かあったときのために事前に準備をしておこうと考えたようだ。
「会場にいたすべての関係者が羽生さんの演技にくぎ付けになりました。リハでは流して滑る出演者も多いのですが、羽生さんは最後まで全力。結局『パリの散歩道』をショーで披露することはありませんでしたが、つねに本番と同じ熱量で演技しているのが印象的でした」(前出・ショーのスタッフ)
自分はショーでもここまでやる。プロ転向への心がまえを見せつけられるような出来事だ。
『ファンタジー・オン・アイス』では羽生のプロへの思いを感じることがほかにもーー。
同ショーのパンフレットに掲載するために、羽生と、すでにプロとして活躍しているハビエル・フェルナンデスとの対談を取材した前出の折山さんが教えてくれた。
「ハビエルに『プロになるのはどういう感じ?』と、羽生選手が直接質問していました。そこで少しだけ、彼はプロへの気持ちも持っているのだなと感じました」