「7月27日に『水曜日のダウンタウン』(TBS系)の収録がありました。いつもなら3時間かけて収録しますが、この日は2時間で終了したんです。また収録後は松本さんが芸人たちを連れて飲みに行き、“松本会”を開くというのが恒例。しかしプロデューサーから『今日はキャンセルになりました』との連絡があったそうです」(テレビ局関係者)
反社会的勢力への闇営業問題に端を発した吉本興業の分裂危機。宮迫博之(49)と田村亮(47)は会見で謝罪するとともに、社長によるパワハラを告発した。すると加藤浩次(50)も「経営陣が変わらないなら辞める!」と激怒。若手芸人たちからも不満が続出している。
いっぽう松本人志(55)は宮迫らの会見後に《動きます》とツイートし、岡本昭彦社長(53)へ直談判。その後も芸人を連れて出ていくことも辞さないと語るなど、救済に奔走している。だが大崎洋会長(66)の辞任について「大崎さんがいなかったら僕も辞める」と発言したことなどから、一部では《松本は体制派》との批判も出ている。
「松本さんは、本当に若手芸人たちのことを考えています。でもいっぽうで“育ての親”である大崎会長を守りたい。そんな板挟みに悩んでいるようです……」(芸能関係者)
そんな松本が頼ったのは、ほかでもない相方の浜田雅功(56)だった。
「若手芸人たちとの飲み会をキャンセルした松本さんは、実はひそかに浜田さんと“サシ”で会っていたんです――」(前出・テレビ局関係者)
今年4月に放送された「松本家の休日」(ABCテレビ)で、松本は浜田と不仲な時期が続いていたことを告白。「死ぬほど仲悪かったからな。10年くらいあった。この数年やで、気にならへんようになったの」と明かしていた。
「ここ5年ほどでいっても、2人の楽屋は別々。定期的にご飯を食べることも、いっしょに飲むこともありませんでした。その前に10年間も不仲だったことを考えると、サシで飲むのは15年以上ぶりということになるでしょう。それだけ異例の極秘会談だったといえます」(別のテレビ局関係者)
だが振り返れば、松本を支えてきたのはいつも浜田だった。2人を知る芸能記者は言う。
「そもそもダウンタウンの結成は浜田さんの一言がきっかけでした。高校卒業後、デザイン会社への就職が決まっていた松本さんに『吉本に入って漫才しよう!』と誘ったのです。また若いころの松本さんは尖っていて、インタビューに来ないこともありました。そんなときは浜田さんが『すみません。今日は相方が取材に対応する余裕がなくて……』と頭を下げ、1人でインタビューをこなしていました」
14年に松本さんの父・譲一さん(享年81)が亡くなったときも、浜田は内緒で実家を訪問。号泣しながら、祭壇に手を合わせていたという。
「今回も浜田さんは、オフィシャルにはいっさい発言していません。しかしその裏側ではずっと、松本さんや芸人たちのことを気にかけていたのだと思います」(前出・別のテレビ局関係者)
その極秘会談がもたらしたものは、大きかったようだ。
「いまの松本さんに忖度せず、本当に思ったことをアドバイスできるのは浜田さんだけですからね。松本さんもそれがわかっているからこそ、相方の意見が聞きたかったのでしょう。浜田さんからの意見を聞いた松本さんは、改めて吹っ切れたようです。最後は『2人で若手のための環境づくりをしよう』という意見で一致したと聞きました」(前出・テレビ局関係者)
吉本問題はようやく解決へと向かうのだろうか。