(写真・神奈川新聞社)
サッカーJ1の名門、横浜F・マリノスが揺れている。ベテランに対する契約更新の不手際、長年クラブを支えたスタッフの解雇に始まり、モンバエルツ監督の3期目続投に選手が公然と反対する異常事態となっている。当事者はもちろん、クラブを長年愛するサポーターも気が気ではない。「クラブ史上、最もまずい状況」「これまでにない不安感がある」。サポーターの声を拾っていくと、背景にはマリノス特有の歴史、それ故の現実が見えてくる。マリノスは本当に“やばい”のかー。何が“やばい”のか-。
■確信犯
<ベテランを引退させるのはフロントではなく、若手の台頭>
11月12日、ホーム日産スタジアムで迎えた天皇杯4回戦。マリノス側ゴール裏に、横断幕が掲げられた。今季も主力として活躍しながらも放出が発表されたDF小林祐三(31)、年俸の大幅減に対して「これは外に出て行けということなのか」と憤ったDF中沢佑二(38)を意識した文言だったことは、間違いない。
コールリーダーとしてゴール裏の応援を統括する加藤拓明さん(29)にその意図を聞くと、「若手が多く出る試合だとわかっていたので、まずは彼らへのメッセージだった」と返ってきた。
この言葉を見たとき、松田直樹さん=享年34=のことを思い浮かべたサポーターも多かったはずだ。「ミスターマリノス」としてサポーターに愛されたDFは、2010年に戦力外通告を受けクラブを去った。
その際、松田さんが残した言葉にこんな文言があった。「どうせ出されるのなら(若手に)俺を追い出してほしかった」。自らもかつて、「アジアの壁」と言われた井原正巳・現福岡監督からポジションを奪った。実力による世代交代ではなく、フロントの判断によって「追い出された」ことを、最後まで納得していなかった。
サポーターからもフロントに対する批判がやまず、ホーム最終戦での社長挨拶はブーイングにかき消された。その後、松田さんは当時JFLの松本山雅に移籍後、34歳の時に急性心筋梗塞で急死。非業の別れは、マリノスサポーターにとって今もなお深い傷として残る。
そこを問うと、加藤さんが答えた。「直樹さんに限らず、ベテランは誰でも若手に追い出されるのが本望だと思う。ただある程度アバウトな文面にすることで、若手だけではなく選手、ファン、フロント、メディアなど、読む人自身にその意味を考えてほしかった」。つまり、ある面では確信的に2010年の記憶に重なるようにしたと。
理由は単純だ。「本質的な問題は10年とは別物ですが、その時よりもまずい状況にあると思っているからです」。本当に伝えたいメッセージは、そこにあると。
■深い溝
マリノスが英・プレミアリーグのマンチェスターシティを傘下に持つ、「シティー・フットボール・グループ(CFG)」とパートナーシップを結んで2年半。契約更改をCFG側の強化担当が主導するなど、関与は徐々に強まっている。その中で起きた選手・監督の契約に関する種々のトラブルの伏線を、少しずつさかのぼる。
11月2日には、右サイドバック小林の放出が発表された。6シーズンに渡ってレギュラーを任され、今季もリーグ戦32試合に出場した主力はサポーターからの支持も厚かった。その後、ともに23歳のDF2人(柏・山中亮輔、新潟・松原健)の獲得が発表され、「新陳代謝」「若返り」というチーム戦略上の理由が一応は見えたが、功労者の戦力外に憤るサポーターは多かった。
小林への戦力外の2日後、各選手に来季の契約内容が示され、3年連続フル出場のDF中沢、生え抜き15年目のDF栗原勇蔵(33)に年俸半減が提示された。
戦力外通告にも等しいと受け取った中沢に対して、クラブはあわてて1週間を待たずに契約の再提示を約束。加え、チームの顔である中村俊輔(38)に磐田からの正式オファーが届くなど、サポーターの不安をかき立てる事態が続く。クラブ側は公式ホームページに社長名で「ファン、サポーターの皆様へ」とメッセージを発し、騒動の鎮静化に努めた。
列記した選手は功労者、生え抜き、大ベテランのいずれかだ。ファンにとって特に思い入れが強いシンボリックな選手たちを、どう送り出すか。この命題にマリノスが直面したとき、どうしても永久欠番となった背番号3のことが浮かぶ。
「今回のことも、やはり松田直樹の後遺症が大きい」。日本最古のサポーター集団・マリーシアの中心メンバーで、日産自動車時代の1992年から応援を続ける石井和裕(49)さんは、サポーターに共通するクラブへの根強い「不信感」を口にする。
「その反応にも2つあって、このクラブはまた同じことを繰り返すのではという不信感と、不信感があるからこそCFGに変えてほしいという人がいる」
選手・クラブのマスコミに対する対応など、ファンの中でも考えはさまざまだ。
「でも、マリノスはサポーター同士が分裂はしない。松田直樹を失ったという悲しみをみんなが共有しているから。移籍の悲しみを上回る、死別という大きな悲しみはずっとクリアにはならない」。ある意味でその喪失がサポーターをつなげる絆になっていると。
そして続ける。「クラブの中にもまだ松田直樹と一緒にプレーした選手も多いからこそ、過敏に反応する面もあるのかもしれない。そこはシティー側にも理解して交渉してほしい」
名門の歴史をずっと見守ってきた石井さんは、そもそもマリノスは看板選手を送り出すのが下手だと感じてきた。
「おそらく、まともな花道をつくってあげられたのは木村和司くらい。僕は水沼貴史のファンでしたが、彼の最後の試合はサテライトで、引退セレモニーは平日の試合前だった。井原の時も、他クラブとの合同。そして松田直樹があのような形になった。今は中沢、中村、栗原とあまりに大きな存在が引退への具体的なカウントダウンに入っているからこそ、サポーターも敏感になっている」
クラブが重ねてきた歩み、味わってきた苦しみ、そしてプライド。それらを今のフロントがどれほど理解してくれているか。その心配はつまるところ、CFGという新たな血が流れ込むクラブの体制そのものに向けられていく。