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計量で900グラムオーバーし下を向く比嘉大吾選手(中央)=4月14日、東京都のホテルグランパレス

 

世界ボクシング協議会(WBC)フライ級の比嘉大吾選手が世界戦前日の計量で体重超過のため、王座を剥奪された。ボクシングファンのみならず、多くの沖縄県民にも衝撃を与えた体重超過による王座剥奪。日本ボクシングコミッション(JBC)は比嘉選手に対してライセンス無期限停止とファイトマネー相当額の20%を制裁金として徴収するという重い処分を下した。ボクシング関係者は「試合に勝つ前に減量に勝たないといけない」と話すが、そもそもボクシングの減量ってどんなものなのだろうか。元プロボクサー、指導者、医師に聞いた。

 

■ボクシングは公平なスポーツ

 

ボクシングには47・62キロ以下のミニマム級から90・719キロ以上のヘビー級まで17の階級がある。比嘉選手のフライ級は3番目に軽い階級で、制限体重は50・8キロだ。この体重を超えてしまうと試合に出られない。

 

そもそもボクシングにはなぜ階級があるのか。それには拳だけで戦い、相手を倒した方が勝ちという世界一シンプルなスポーツであることが関係している。基本的に体格が大きい人はパワーがある。身長が高ければその分腕も長いので、遠くから打っても相手に当たるなど、体格が大きいことはボクシングで有利に働く。この体格によるハンデをなくし、できるだけ近い体重の選手同士が戦うために階級があるのだ。

 

■なぜ減量が必要?

 

階級があるなら、普段の体重通りの階級に出場すればいいのではないか?

 

なぜ減量をするのか?素朴な疑問がわいてくる。

 

元プロボクサーの小谷将寿(こたに・まさとし)さん(30)は「体の大きさが変わらないまま、体重が落ちればその分有利になる」と即答。もう一つ「パンチは腕だけ出すのではなく、体をひねりながら繰り出す。減量すると体は素早く動けるようになるので、パンチ力は増す」と話す。つまり最高のコンディションで試合をするために必要なのが減量なのだ。

 

■1カ月で15キロの減量 その時の選手は?

 

ボクシングの減量は筋肉を落とさずに脂肪を落とすのが原則。制限体重58・9キロのスーパーフェザー級の選手だった小谷さんの普段の体重は73キロ。試合前は1カ月かけて14キロの減量をしていた。食べながら体重を落とす選手もいるが、小谷さんはほとんど食べずに落としていた。食べられるのは4、5日に1回、納豆1パックと豆腐1丁だけ。基本的に水も飲まない。口に入れることができるのはうがいの水だけだ。「食べられなくてきついのは最初の1週間だけ。1週間すれば胃が小さくなるので、食べたい気持ちは起きなくなる。つらいのは水分をとれないこと。トイレの水も飲みたくなる」

 

食べていないので、次第にエネルギーもなくなっていく。朝、目が覚めてもベッドから起き上がることができない。枕元においてあるアメをなめ、しばらくたってようやく起き上がることができる。いつもなら力を入れなくても開けられるはずの部屋のドアがとても重く感じる。

 

減量中の練習はいつもよりハードだ。縄跳び、シャドウボクシング、ミット打ち、サンドバッグ、ウエイトトレーニングといういつものメニューに実践練習がプラスされる。「スパーリングの相手は元気いっぱいの人。これはきつい」。

 

さらに家に戻ってもサウナスーツにジャージを着て1時間半走る。真夏の暑い日でも同じだ。減量が進むとそのうち、真夏の一番暑い時間に走っていても汗が出なくなるという。

 

これだけ厳しい減量をした後の小谷さんの体は脂肪は完全に落ち、ガリガリ。まるで別人だ。

 

■極限の精神状態でないと闘えない

 

精神状態も「全てにいらいらしている」という。体も心も極限に追い込まれるのが試合の計量直前のボクサーだ。小谷さんは「減量の最後は精神状態がおかしくなる。でもそれがないと怖くてリングには上れない。ボクシングは死亡事故もある。殺されるかもしれないスポーツ。普通の精神状態では闘うことができない」と減量のもう一つの役割をあげた。

 

計量にパスすれば、翌日の試合に備え今度は体重を戻し、力を蓄える。乾ききった体に水を流し込むと「今ここに水は入っていったって、体全体で分かる」という。うどんやパスタ、雑炊など消化しやすいものを食べ、1日で8キロ戻す。「あんなに食べたいと思っていたのに、今度はもう食べたくないってなるんです」と苦笑いする。

 

こんなつらい減量までしてなぜ、ボクシングを続けるのか―。

 

「自分のために何百人の人が集まってくれる。その中で勝つ。一度味わったらやめられない。今後自分の人生であれを超える喜びはないと思う」。小谷さんはきっぱり答えた。

 

■食べながら落とす人も

 

元WBA世界ジュニアウェルター級王者の平仲信明さん(54)はボクサーの減量を「硬く絞りきったタオルをさらに絞るようなもの」と表現する。

 

減量中は水分を摂らなかった。水分がほしくて自動販売機の前で葛藤の末、清涼飲料水を買ったが、飲まずに自分の頭にかけた。口にしてしまうとこれまでの努力がゼロになってしまう。でも水がほしい。頭にかけることで、その欲求を満たしたのだった。

 

平仲さんには現役時代、苦い思い出がある。オーバーワークがたたり、ミオグロビン尿症という腎機能が低下する病気になってしまった。控えていた世界戦をキャンセルし、約2年間ボクシングができなかった。「トレーニングはしないといけない。でも病気になっては元も子もない」。力を込める。

 

現在は、「平仲ボクシングスクールジム」の会長を務め、選手を育てる立場だ。減量は食べる量を減らし、練習量を増やすという「食べながら落とす」方法をとっている。口にする物は脂肪燃焼させやすいものにする。

 

「たとえばこんなもの」と平仲さんが出してくれた減量中に選手に食べさせるものは切り餅やハチミツ。青々とした生野菜。「餅にハチミツを塗ったものを食べて消化させて、それからカッパ着て自転車こぐと体重は落ちる」と話す。「水分もただの水やコーヒーではなく野菜から。とるなら野菜スープ」と何からどんな栄養を摂取するのかに注意を払う。

 

それでも減量は楽ではない。最初は順調に落ちていた体重も次第に落ちなくなっていく。そのときには血液検査をして、異常がなければ風呂場をサウナ状態にしてミット打ちしたり、自転車をこがせたりする。医師の診察を仰ぐのは体を壊してリングを離れたことのある自分と同じ轍を踏ませたくないからだ。

 

■医師から見ると

 

長年リングドクターを務めている沖縄県ボクシング連盟の島袋洋会長は「制限体重を守ることはルールだし、減量も当然」としつつも「過度な減量で心身を壊してしまっては問題」と警鐘を鳴らす。

 

「比嘉本人は汗一つ出ない」。世界戦の前日計量後、比嘉選手の所属する白井・具志堅スポーツジムの具志堅用高会長はこう説明した。島袋会長はこの一言に「腎機能まで影響が出ていないか」と心配する。腎臓は血液をろ過して老廃物を塩分や尿として排出する機能を持っている。

 

「ボクシングの減量では水分を抜くが、筋肉は本来、水分を蓄えているもの。筋肉を落とさずに水分を抜くと筋肉がけいれんを起こす。さらに進むと血液成分からも水分が奪われていく。血液は酸素を運んでいるので、水分がなくなれば酸素が行き渡らなくなり、意識がもうろうとしてくる。汗が1滴も出ないというのは、極限状態だ」と説明する。

 

■アマチュアボクシングでも無理な減量

 

中高校生などアマチュアボクシングのリングドクターをしている島袋会長。「高校生だとほとんどの選手が2~3キロの減量だが、最近は7キロ減量してクラスを落としてくる選手もいる」と明かす。体が熱いから風邪かと思ったら、肌はかさかさ。体中の水がなくなり脱水状態となって熱が出ている選手も見てきた。「今は小学校高学年から試合に出られる。体を作る大事な時期に無理な減量をしないように、減量にも医学的な視点が必要ではないか」と問題提起する。

 

■日本人初の失格にJBCは

 

4月25日、日本ボクシングコミッション(JBC)は比嘉選手に対してボクサーライセンス無期限停止処分を下し、ファイトマネー相当額の20パーセントを制裁金として徴収すると決めた。ただ、処分の停止解除も含めており、定期的なコンディション管理、健康状態報告を義務づけている。また次の試合は1階級以上階級を上げることも求め、比嘉選手に再起の可能性を残している。

(玉城江梨子)

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