宇崎竜童さん(67)は、これまで4千曲を超す楽曲を世に送り出してきた。彼の音楽活動を語るうえで“欠くべからざる女性”が2人いる。1人は夫人でもある作詞家の阿木耀子(68)、もう1人は歌手の山口百恵(現・三浦百恵さん=54)だ。

「阿木との出会いは50年ほど前で、18歳のとき。明治大学に入学して2日目でした。所属していた軽音楽クラブの先輩に、新入生を勧誘してくるよう言われて、やみくもに声を掛けていた。初めて声を掛けた女子大生が彼女でした。そのとき『あっ、この人……』って思ったんです。もちろん会ったのは初めてでしたけど『彼女とは前世、前々世で何度も会っている』気がして、『嫁にするならこの人だ!』って直感的に思ったんですね(笑)」(宇崎さん・以下同)

 しかし、宇崎さんが「そろそろ結婚しようよ」と言っても、阿木さんは「もう少し待って」と繰り返すばかり。ようやく2人が結婚したのは、出会いから7年後の’71年12月だった。宇崎さんにとって阿木さんは、妻であると同時に一緒に楽曲を作り上げていくパートナー、そして宇崎さんが作った楽曲を最初に聴く観客であり、母であり、娘でもあると語る。

「たとえば、何か新しいことを始めようと思っているときに、なかなか決断できなくて逡巡していたとします。そんなとき相談を投げかけると、彼女は『なるほど!』と思う答えを出してくれる。そのときの彼女は、妻でも、作詞家でもない。彼女の答えには“母なる言葉”というか“母なる輝き”があるんです。そうかと思うと、彼女が地方の仕事や旅行に行くときは、僕が車で、駅や空港まで送り迎えする。そのときの僕は、娘を幼稚園や学校に送迎する父親の気分です」

 阿木さんはもともと作詞家志望ではなく、いまでも「詞を書くのはつらい」と宇崎さんに話すことがあるという。

「彼女の場合、祈るように書いている。もちろん自分のなかにあるものを絞り出しているところもあるんだけれど、降ってくる言葉を待って、その言葉をキャッチするために祈っているんじゃないでしょうか……。祈って待つというのは、けっこうストイックな行為だと思うんです。『書くぞ!』と決めてから書き終えるまで、彼女のなかにはものすごく濃密な時間が流れていて、僕すら寄せ付けない。さながら修験僧みたいなたたずまいがあります」

 それでも、仕事を離れた阿木さんは、ごくごく普通の奥さんだと宇崎さんは話す。東京にいるときは毎日、朝と晩、阿木さんの手料理を食べているという。

「毎朝、ジュースが出てきます。これは何種類もの果物と野菜が入っているどろどろっとしたジュースで、あとはヨーグルトと水素水。これが僕ら夫婦の朝食です。晩飯は、毎回20種類くらいの野菜が入ったサラダと野菜スープ。それに、僕は“家庭懐石”と言っていますが、小皿にのった料理が出てくる。ほぼ野菜料理が中心ですけど、少量の肉、もしくは魚の料理もあります。彼女にとっては、料理を作っているときが、たぶんいちばんの喜びで、僕に飯を作っている時間は『すごく幸せな瞬間』だとよく言ってます」

 70代を間近に控えた宇崎さんに、自身の、そして、阿木さんとの「これから」について聞いてみた――。

「7年前に還暦を迎えたとき『人生の“義務教育”を終えたばかりだ』と思いました。これまでかなり好き勝手に生きてきたので、これからは世のため人のため、日本のためになることをしていきたいという思いは強くありますね。阿木との関係については、彼女にとって“欠くべからざる存在”であり続けられるよう精進していかねばと思っています。嫁に『もういいわ、この人』って思われたらアウトですから(笑)」

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