京王百貨店新宿店の子供服売り場に立ち続けて42年が経つ崎村証子さん(62)。そのキャリアの大半は、ベビー子供服メーカーの『ファミリア』社員として派遣されたもの。60歳で退職した後は、アルバイトとして働いてきた。
ファミリアの販売員は全国で600人ほどだが、同じ売り場で勤務を続けたのは崎村さんしかいないという。彼女が働き始めた’73年ごろは高度経済成長で消費が伸び、ベビーブームの真っただなか。彼女は時代の変化を、百貨店の売り場を通して目の当たりにしてきた。
「高度成長期は、当時9800円の高価な赤ちゃんのおくるみが、飛ぶように売れました。ベビーブームもありましたから。バブル期のころは売り上げも増えて、年間1億円を超える年もありました。最近は少子化で、赤ちゃんが少なくなったのは感じます。でも1人にたくさんお金をかける方もいて、うちは祖父母のお客様が多いですね」
“崎村さんでなければ”という顧客も多い。ときには、お客から人生相談されることも。
「亡くなった妹さんの子供を育てている女性がいました。彼女は『母親は早く死んじゃダメよね』と言って、その後、子供の父である義弟と結婚されたんです。でも、子供が大きくなって親子仲が悪くなったと聞いて……。私も母を早く亡くし継母に育てられたので『私もそうでしたが、20歳になれば子供も変わります。大丈夫ですよ』って。ついこの前、その子が就職したと報告に来てくれて、嬉しかったです」
結婚することなく独身を貫いてきた崎村さん。彼女にとって、成長を見守ってきた“お客様は、みな我が子”なのだ。
本誌が売り場を訪れた3月31日、彼女はついに退職の日を迎えた。夕方4時、売り場を離れ、お別れの挨拶のため店内の事務所へ。「私は今日で最後です。ありがとうございました。本当に感謝です」と出迎えた社員たちに万感の思いを込めて挨拶する。
ほかの店舗の販売員たちからも花束を贈られ、さらに小さなアルバムを崎村さんに手渡す元同僚の女性も。思い出が詰まったそのアルバムをめくる彼女の目からは、大粒の涙がぼれていた――。