「ペコは本当にきれいな肌をしているよな。シワだって全然ないし」と語る砂川啓介(78)に、大山のぶ代(82)は笑顔を見せたという。介護日記『娘になった妻、のぶ代へ』(双葉社)出版にあたって夫婦で記念撮影をしたときのことだ。砂川は照れ臭そうにこう語る。
「実際、彼女の肌は年齢よりも若いんですよ。まぁ昔は、そんなこと絶対に言えなかったんですが……。褒めてあげるのは本当に大事ですね。それなのに、僕は介護を始めたころは、よく彼女を怒ったりしていました」
夫婦生活51年。もう1つ、砂川が始めたことがある。それは“スキンシップ”だ。
「夜11時ごろ、トイレに起きてきたカミさんと『おやすみなさい』を言いながら手を広げハグするのが毎晩の儀式みたいになっています。実は44年前に娘が生後3カ月で亡くなった後、彼女はお医者さんに『もう出産は難しい』と宣告されたんです。以来、彼女はセックスも怖がるようになり、僕たちは寝室を別にするようになりました。世間ではおしどり夫婦といわれていた僕たちですが実はセックスレスで、“ふれあわない夫婦”だったのです」
だがそんな夫婦を、認知症介護の日々が変えたという。
「彼女が認知症になったことで抱擁を求めてくるように……。僕も最初は戸惑いましたが、いまは夜のハグ以外にも意識して彼女にふれるようにしているんです。本には僕なりの認知症改善療法や食事予防について書かせてもらいました。顔をさわってあげるとか、背中をさするとか、手を握るとか……、いまだに照れ臭いいのですけどね」
東京・世田谷の『パークサイド脳神経外科クリニック』の近藤新院長は言う。
「認知症の治療で大切なことは、患者さんを刺激してあげること。患者さんの生活はどうしても単調になりがちで、髪型や服装を変えてオシャレをするのはとてもいいことだと思います。またハグや手を握るなどのスキンシップはとてもいい刺激になります。さらに言えば『回想法』というリハビリ法があり、若いころに夢中になった音楽を聞かせることから始めてだんだん音楽の年代を新しくして記憶を呼び覚ましていく方法もあります」
すでに砂川も“音楽療法”は実践中だ。
「ライブの前に僕が歌の練習をしていると彼女が3階の自分の部屋から降りてきて、リズムを取り出したり、知っている曲があるといっしょに口ずさんだりして。楽しく歌った日は、夜も機嫌よく寝てくれます。最近も仲間と電話で話したのですが、近日中に何人かでウチに来てもらって、みんなでカラオケをしようと思っているんです」
前出の著書のなかで、砂川はこう書いている。
《もしペコの認知症がさらに進んで……(中略)僕のことがまったく分からなくなってしまっても……、僕は彼女のことを終生ずっと見守り続けたい……》