「そもそもは映画監督志望だったんですよ。北野武さんやタランティーノのように、監督をしながら自分の映画にも出演できればと思って、東京の専門学校に入りました。でも、実は僕、高校卒業後の進路に迷っていたんです。何をやりたいのかわからないのはカッコ悪いと思って、無理やり映画だと決めつけたんですよね」
そう語るのは、隔週連載『中山秀征の語り合いたい人』第52回のゲスト・俳優の滝藤賢一さん(39)。強烈な個性を放つ役柄で、一度見た人の心をつかんで離さない、実力派バイプレーヤーが語る、無名塾での日々とは。
中山「最近、滝藤さんをテレビで拝見する機会が多いので、初対面という気がしないですね(笑)。役者になりたくて、高校卒業後に上京したんですよね」
滝藤「軽い気持ちで『映画でいいんじゃないか?』って(笑)。映画はよく見ていたし、芸術の世界で働くってカッコいいじゃないですか。だから、仲代達矢さんが主宰している俳優養成所『無名塾』に入って初めて芝居の世界はそんな甘いものではないことを知るという……」
中山「無名塾を選んだ理由は?」
滝藤「タダだからです。あ、仲代さんに怒られるかな(笑)。お金もなかったし、生活するので精いっぱいだったので……。しかも入塾のオーディションは、1千人のうち受かるのはほんの数人。どうせ受からないだろうと思って受けたら、ラッキーなことに受かってしまったんです」
中山「難関を突破したんですね。すごい!」
滝藤「仲代さんは仕事の時間を削って、若手役者の育成に務めています。『ピアニストは2〜3歳から長い間頑張り続けているのに、君たちは20歳から芝居を始める。なぜたったの3年間、芝居のことだけ考えて生きられないのか』とおっしゃっていました。修業期間の3年間は芝居だけに集中するため、恋愛もバイトも禁止。だから、親に頼れない人は入塾できません。僕はその当時付き合っていた彼女と別れました」
中山「どんな稽古なんですか?」
滝藤「基本的に自主稽古と、ほかの人が稽古をしているのを見て学ぶ見取り稽古になります。週に2日、仲代さんが指導して芝居を作っていきます。ほかの劇団はダンスや歌や発声などのカリキュラムを受講する形式が多いのですが、無名塾は全部自分たちで考えて動きます」
中山「朝から晩まで?」
滝藤「家が近い人は朝5時に用賀の仲代劇堂に来て、掃除を始めます。僕が所属していたときは、毎日22時ごろまで帰れなかったですね。砧公園を男は10キロ、女は5キロ走るのですが、仲代さんも逆回りで走っているんですね。だから、サボっているとバレちゃう。でも、仲代さんは『やって当然だろう』という感覚だと思うんですよ。自分のためだし、学校じゃないんだから強制しているわけではない」
中山「それが嫌ならやめろということですね」
滝藤「そのとおりです。若さゆえの根拠のない自信も、即座にへし折られました(笑)。『謙虚に、謙虚に』と育てられ、『人間になりなさい。きちんとした日本語をしゃべって、きちんと歩きなさい』と教え込まれましたから。当時はつらかったのですが、芝居のことだけを考えられる最高の環境でよかったと思います」