「いまごろどうしてこの症状を取り上げるのかなとまず違和感を覚えましたね」と、感想を漏らすのは、日本糖尿病学会専門医の辛浩基先生(しんクリニック院長)。
NHKが事前に大々的な告知を打ち、『NHKスペシャル』としては異例の全編生放送で話題を呼んだ「“血糖値スパイク”が危ない」。番組では、健康診断では「血糖値は正常」と診断された人の中に、食後だけ急激に数値があがる異常が日本人に蔓延していると紹介。この症状を「血糖値スパイク」と名付け、警鐘を鳴らすものだった。
しかしその内容に首をかしげるのは辛先生だけではない。東京家政大学教授教授で医師の中村信也先生(健康栄養学)も、こう語る。
「『血糖値スパイク』とはうまいネーミング。ただ目新しいものではないので、糖尿病関連のどこかの製薬会社の差し金かなと、一瞬勘ぐってしまったほどです(笑)」
2人の専門医とともに番組の内容を振り返っていこう。
【疑問1】すでに「隠れ糖尿病」といわれるものになぜ新たな「病名」をつけたのか?
今回、番組で特集したのは空腹時、血糖値が正常値範囲内のため、健康診断などにはひっかからないが、食後だけ血糖値が急上昇し、正常値の70〜140を超えてしまう人がじつは数多くいるということだ。これを見逃すと動脈硬化をおこしやすく、脳梗塞や心筋梗塞の原因となることも専門医の間で知らない人はいないという。
「医学的には『グルコーススパイク』と呼ばれ、一般的には『隠れ糖尿病』の名で浸透してきた。それを『血糖値スパイク』と言い換えただけ」(辛先生)
じつは1年半ほど前、今回の番組とほぼ同内容のことを辛先生も男性週刊誌で紹介しているのだ。
「正直『いまさら』という話題。特に清涼飲料水などをグイッと飲んで一気に糖質が体内に入ると起きやすい。このために“ペットボトル症候群”とも呼ばれ、10年ほど前に話題に。いまさら新たな名前を付けて危機感を煽るのは感心しません」(中村先生)
まずこの点を本誌からNHKに問い合わせてみた。
「番組で『血糖値スパイク』と名付けた症状は専門的には『グルコーススパイク』または『食後高血糖』と呼ばれ、以前から知られていたことは番組内でもお知らせしたとおり。そのうえで最近の研究で、この症状がこれまで考えられていた以上にさまざまな病気を引き起こすという最新の知見をお伝えしたものです」(NHK広報局)
【疑問2】「活性酸素」主犯説には異論がぞくぞく
食後に急激に血糖値が上がる「血糖値スパイク」を繰り返すと血管の細胞から大量の活性酸素が発生し、これが細胞を傷つけることが動脈硬化につながる原因とされたが……。
「食後高血糖が動脈硬化を招き、脳梗塞や心筋梗塞につながることはそのとおり。ただ“犯人”は活性酸素だけではありません。同様に血管にダメージを与える『TNFアルファ』などのサイトカイン(タンパク質の一種)の存在も知られている。テレビなのでわかりやすくしたのかなと思いますが、もう少し丁寧に伝えてもよかったのではないでしょうか」(辛先生)
最新の研究では血糖より、それを下げるために出てくるインスリンが血管を傷つけているのではないかという「インスリンスパイク」説も有力。
【疑問3】おすすめ対策の筆頭が「食べる順番」にがっかり
食後高血糖がいかに恐ろしいかを紹介した後、番組で紹介された対策の筆頭が「食べる順番」だった。
「食物繊維を先に食べると腸壁をカバーして後から食べた糖分の吸収を遅くする働きがあります。このため、野菜など食物繊維から先に食べることは、血糖値を気にしている人にとってはもう常識でしょう」(辛先生)
【疑問4】太っている人は「よかった」、痩せている人は「びっくり」は演出過剰ではないか
「番組内でタレントの塚地武雅さん(44)におにぎりを食べてもらい、食後血糖値をリアルタイムで測るという企画をやっていましたが、“肥満気味”の人だから、“いかにもこの人は危なそう”と煽るのが気になりました。それ以外にも中年太りを気にしている人が、食後血糖値が正常で『ああよかった』と胸をなでおろし、痩せている人が高血糖と診断され『びっくり』というシーンもありました。糖尿病は全般的に“両親が糖尿病”などの遺伝的要素が大きく、体形で面白おかしく見せるのは演出過剰なのではないでしょうか」(中村先生)
この点についてもNHKに聞いてみると「(演出過剰ではなく)痩せて筋肉量が少ない人にも多く症状が見られることをお伝えした」(NHK広報局)とのこと。
【疑問5】そもそも食後血糖値が高いことは、それほど恐ろしいことなのか
「食後高血糖はピーク値が200を越えない限り、あくまで糖尿病の予備軍にすぎない。網膜症や腎機能障害といった恐ろしい合併症に直結するわけではありません。過敏に食後血糖値を気にするのはかえって心配の種を増やし、自分のストレスを煽ってしまうことになりかねません」