ご存知のとおり去る1月7日、フランス・パリで風刺週刊誌を発行するシャルリー・エブド本社が覆面をした複数の武装犯に襲撃され、警官2人、編集長、風刺漫画の担当記者ら合わせて12人が銃殺される事件が起きました。フランス警察は犯人をアルジェリア系のクアシ兄弟と断定し、パリ郊外での銃撃戦の末に射殺しています。
事件の直接的なきっかけとなったのは、同誌がイスラム教の預言者・ムハンマドの風刺漫画を掲載したこと。偶像崇拝が禁止されているイスラム教ではムハンマドの肖像を描いたり、批判することを厳しく禁止しています。しかし同誌は民主主義や表現の自由の名のもと、掲載を続けてきました。これに世界中のイスラム圏から激しい反発が起こり、11年には同誌の事務所に火炎瓶が投げ込まれるなどの事件も発生していました。フランス警察も警備を強化していましたが、今回の事件を事前に防ぐことはできませんでした。
今回の事件は背後に根深い構造的な問題を抱えています。それだけに、決して単発で終わる性質のものではないと理解する必要があります。フランスは欧州諸国のなかで最もイスラム教徒が多いとされる国ですが、欧州金融危機による不景気の煽りを受けて移民への風当たりが強くなっていました。
私もパリに住んでいたとき、その空気を強く感じました。表面的にはフランス人というアイデンティティや連帯感を共有しながらも、裏では人種や宗教の違いによる心理的分断を意識する場面が度々あったのです。またイラク・アフガニスタン戦争で反イスラム感情が高まるなか、失業した若者たちを中心に孤立したイスラム過激思想が急速に拡散していったようにも思います。
欧州諸国が警戒しているのは、中東のイスラム過激派組織「イスラム国」で軍事訓練を受けて欧州に帰国する若者が急増していることです。その数は今や3千人を超えるとされており、それが欧州社会の危機感を助長する要因にもなっています。これまでのテロは爆弾を仕掛けるなど、その気になれば誰でも実行できるものであり、局地的で単発的なものでした。しかし今回のテロは自動小銃などを巧みに使いこなすなど、ある種のゲリラ戦に近かった。さらに彼らはイラクやイエメンなどイスラム過激派の本拠地で軍事訓練や資金や武器の支援を受けながらも、意思判断や行動において一定の独立性を保持しているのです。そのため、事前の取り締まりが極めて難しい。
たとえて言うならば、彼らは頭や真ん中を刺せば息を止められる「クモ型組織」ではなく、どこを刺しても致命傷を与えることのできない「ヒトデ型組織」とも言えます。従来の戦争が「国家対国家」であるのに対して、今回は世界各地に広がっている「イスラム原理主義者対民主主義国家」という構図になっています。
彼らは地理的には世界に散らばっていながらも、スマートフォンや動画配信サイトなど最新のIT技術を駆使することで、メンバーの勧誘やイデオロギーの拡散を図っている。また油田地域の掌握や外国人拉致による身代金によって莫大な収入を得ており、その勢力拡大は止まるところを知りません。それもあって、彼らを完全に根絶することが極めて難しく、テロ再発防止のための各国政府の対策は難航しているわけです。
しかし、だからこそ各国政府は個別対応に加え緊密な連携体制を構築することが大事であります。言い換えれば、そういうことでしか、この問題への対応は厳しいのではないかと思います。
ジョン・キム 吉本ばなな 「ジョンとばななの幸せって何ですか」(光文社刊・本体1,000円+税)
吉本ばなな
1964年東京生まれ。’87年『キッチン』で海燕新人文学賞を受賞しデビュー。’88年『ムーンライト・シャドウ』で泉鏡花文学賞、’89年『キッチン』『うたかた/サンクチュアリ』で芸術選奨文部大臣新人賞、同年『TUGUMI』で山本周五郎賞、’95年『アムリタ』で紫式部文学賞、’00年『不倫と南米』でドゥマゴ文学賞をそれぞれ受賞。海外でも多くの賞を受賞し、作品は30カ国以上で翻訳・出版されている。近著に『鳥たち』(集英社刊)、『ふなふな船橋』(朝日新聞出版社刊)など。