人間は、広い世界のほんの一部で生きている。
全てを知ることはできない。
世界のどこかには、自分の知らない何かを熱狂的に愛してる人がいる。研究する人がいる。
そんな人が集まると、小さなブームになる。
誰かの世界を、少しだけ覗いてみちゃおう。
それが「うさこの覗いた世界」なのだ…!
わたしはずっと自転車に乗れなかった。
「自転車乗れないです」というと、大概「え…ほ、本気で言ってるの?」と訊かれる。
自転車に乗れないということは、この日本において圧倒的マイノリティだ。
でも歩くのが好きなわたしにとって「自転車が乗れない」ことが障害になることはただの一度もなかった。
しかしわたしは「この距離歩いて行けるな」と軽い気持ちで考え、迂闊に3キロ超を歩く日が何日か続いたときふと思った。
この距離…自転車に乗れたらもっとスムーズにいけるんじゃないか…!?
どうしてこんな単純なことに気付かなかったんだろう?
歩きでいけるところは、自転車に乗ったらもっとサクッと行けるのだ!!
自転車に乗れるということは、世界が広がるということなのでは…?
こうして、とっくに成人を迎えたいい大人が
自転車デビューする熱い物語が始まるのである。
わたしが降り立ったのは「自転車の駅」と呼ばれる自転車練習場。
自転車を教えてくれる人も呼んだ。ぬかりはない。
たっぷり自転車を練習しようじゃないか!
「すみません、2時間乗りたいんですけど」
受付の人に声をかけると、
「30分100円なんですけど、その都度清算されるほうがいいと思いますよ。多分そんなにすることないんで」
驚くほど謙虚なお言葉をいただいたので、言われる通りにする。
「…それで、乗るためにはどうしたらいいんでしょうか?」
「え…?あ…すみません、お子さんが練習されるのかと思ってました。お姉さんが乗られるんですね!」
大人が自転車デビューする際、時にこういう悪意のない辱めを受けることもあるがそんなことを気にしてはいけない。
「ごめんなさい、大人用のヘルメットがこれしかなくて…」
そう、例え防災用ヘルメットしかなくても。
未知の領域は恐ろしいものだ。
「サドルを跨ぐ」ということがまず立ちそびえる高い壁で、
とても恐ろしいことのように思える。
あっこれ…
『ストライダー』…。
ストライダーはバランス能力向上用キッズバイク。
ペダルがなく、地面を蹴って進むものだ。
いきなり自転車に乗るのが怖いちびっこもストライダー経由で怖いものなしになれる魔法のバイクである。
うん…うん。
なんとなく「跨ぐ」ということへの恐怖心が減ったような気がする。
ストライダーを経て、ついに自転車(子供用)デビューである。
「しかしまだ漕いではダメだ。今のストライダーと同じで、蹴って進め!」と先生から指示を受け、
ジタバタしながら足で地面を蹴る。
ちょっとずつ進んでいる…。
これはなんだか自転車に乗れているぞ…?
既に脚の筋肉が慣れない動きに動揺し始めているのがわかるが、
「あと2周それでいってみよう!」という先生の声に従って
わたしはひたすら地面を蹴り続けた。
「じゃあ、漕いでみよう」
運命の言葉が発せられた。
「前を見てれば、絶対大丈夫だから。下は見ちゃダメ、前を見るんだ」
先生の熱い言葉が胸に響く。
「乗るときは口角を上げて。いいビジョンを浮かべるんだ」
そうだ…。
確かにわたしは「自転車に乗る」ということについて、悪い予感しか抱けなかった。
「こんな高いサドル、跨げないんじゃないか?」
「地面から足を離した瞬間倒れるんじゃないか?」
「乗れるワケない……」
自分で自分の可能性を打ち消していたんだ…。
だが、どうだ?
ここに来て、実際やってみたらなんの不安もないじゃないか。
地面を蹴りながら、わたしはひたすら「漕いだら楽しいだろう」「早く漕ぎたい」という気持ちでいっぱいだった。
そう、いざ飛び込んでみればこんなに簡単なことだったんだ…!
I CAN RIDE!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
「クララが立った!」ならぬ「うさこが乗った!」とアルプスの少女ハイジが言わんばかりの感動の一漕ぎである。
今までの恐怖、さようなら。
こんにちは、自転車から見える世界…!
得意になって何周も果たす。
自転車界の王者になった気すらした。
最後に大人用自転車だ…。
やはりサドルが高い分一瞬怯んだが
その恐怖なんてすぐ打ち負かせられることをわたしは知っていた。
自転車扱いこそまだまだ初心者丸出しだが、
漕ぎ出してみれば世の海原でさえ越えてゆけそうな堂々たる姿である(過大評価)。
なんだぁ…。
乗れるわ、自転車。
「え?自転車乗れない?まさか」と無意識の刃に自尊心を傷付けられ
「自転車なんか乗れなくていい!」と開き直ったまま大人になってしまった
自転車乗れない少数派たちに告ぐ。
自転車、爽快だぞ…!
自転車の駅にはストライダーや普通の自転車の他に数々の面白自転車があったのでそれに乗ってみる心の余裕さえできました。
!?
こ、このおっさんは一体…?
今回熱心に自転車を教えてくれたこのおっさんが一体誰なのかは次週明かされます。
こんなたっぷり遊んで30分だったので、
受付のお姉さんの言うことには従ってよかったなと思いました。
米原千賀子
ライター兼イラストレーター。へっぽこな見た目とは裏腹にシビれる鋭いツッコミで世の中を分析する。人呼んでうさこ。常に今日の夜ごはんのことを考えている食いしん坊健康オタクな一面も。webマガジンNeoLなどで連載中。