学歴社会の中、試験を受けたこともなく、試されることもなければ、人を試すこともない。
競争社会の中、偉い人におもねることも、卑下することも、見下すこともない。憎むことも妬むこともない。この社会環境の中にあって、それは奇跡的なことでもある、泰子さんは「翔子が奇跡的な存在なのではなく、障害児ゆえに奇跡的な環境で育った存在」という。
泰子さんは多くのことを翔子さんの心のありようから学んだともいう。
たとえば翔子さんの恋心。
翔子さんは恋多き女だ。
中学のころから好きな人はちゃんといるのだという。
「しかも翔子はいつも相手と両想いになっているというのです。
最初は中学のときですが、学校から帰ってくると『T君が私を好きだって!』ってとてもうれしそうに話してくれるのです。『結婚したいって』とまで言うので、ある日、偵察に行ったのです。
同じクラスの子なのですぐT君はわかったのですが、見ていると優しい性格らしいT君はほかのもっと障害の重いお子さんの面倒を見ていて、全然翔子は見向きもされていないのです。これはどうしたことでしょう。でもそのうちにわかってきたのです。
クラス替えでK君を好きになったときも同じ。また偵察に行ったのですが、彼は背の高い素敵なお子さんで、少し自閉の傾向があるので女の子には興味がないのです。けれど、『K君も私を好きだって言っている』とあくまで翔子はそう思い込んでいるのです」
ここに翔子さんが最も長い間好きだったN君に当てたラブレターがある
《N君、雪の中で遊んだね
駅まで一緒に行ったよね
2人でお勉強したね
ご飯食べたね
2人で雨に濡れちゃったでしょう……》
「2人で楽しかった事柄が延々と書いてあるだけで、会いたいとか、書いてないのですが、いまはN君とは会えないでいるんだということ。きっと振られたのだろうな、ということがひしひしと伝わってくるのです」
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