「国を守るという任務が男性だけでいいのかと、私は思います」と語るのは3月22日、練習艦『しまゆき』の艦長に就任した大谷三穂2等海佐(42)。
これまで海洋観測艦には女性艦長はいたものの、ミサイルなどの大型火器を搭載した実戦に耐えうる艦艇の女性艦長は大谷さんと、もうひとりの女性艦長・東良子2等海佐(39)が初だ。
練習艦の任務は教育支援。幹部候補生学校の実習員などに基本的なことを教えている。艦長は役職。海佐は海上自衛隊の階級で、上から、海佐ー海尉ー海曹ー海士となる。海尉以上が幹部だが、大学卒業後、幹部候補生学校でさらに厳しい訓練を積まねばなれない。つまり、幹部は警察組織でいう『キャリア』。海曹以下のいわゆる『ノンキャリ』から見れば、雲の上の存在なのだ。
幹部のなかでも艦長職に就けるのは、海自全体のたった0.2%という狭き門だ。エリート中のエリートの大谷さんには130人ほどの部下がいる。女性が増えたとはいえ、自衛隊は今もなお男社会だ。女性の海上自衛官は全国で約2,400人(平成25年版防衛ハンドブック)。全体の5.8%にすぎない。
「自衛隊は階級社会。いちばん下の海士長が2等海佐の私に話すのは、ものすごくハードルの高いこと。ですから、こちらから彼らの懐に入っていかないと、なかなかきっかけはつかめません」
女性だからこそのきめ細かな気配りと同時に、タフネスも必要だ。報酬に男女差はないが、平等だからこそ、すべてが実力しだい。女性だからという甘えは許されない。そんな大谷さんには一度、大きなピンチがあった。
「子供が生まれてからですね。これからどうしようかと思いました」
大谷さんは30歳で結婚し、32歳で長女を出産したが、その2年後に離婚。しかし、出産、離婚を経験しても艦長になる夢は諦めなかった。泣く泣く娘を両親に預け、艦長を目指すべく支援艦に乗船し、訓練に明け暮れる日々を彼女は選んだのだ。2年前の3月、練習艦『あさぎり』の女性初の副長に就任し、半年の遠洋航海に出る際には「行っちゃヤダ」と泣いてすがる7歳の娘に、「ママは艦長になりたいの」と気丈に言ったという。
「娘と久しぶりに会うと『あれ?こんなに背が高かったっけ?』というくらい、すぐに成長してしまって。毎日いっしょにいられないというのは、こういうことなんだなと思いました。本当に私は“これでいいのか”と思うんです。いろんな思いが駆け巡るんです。でも、今回、艦長になったとき、いちばん最初に『おめでとう』って言ってくれたのは、娘でしたー」
大谷さんはママの顔になって、うれしそうにそう言った。