341万人ーー。65歳以上で、ひとり暮らしをしている女性が日本全国にいる。その数は年々増え続け、30年前のほぼ2倍に。そんなシニア女性の台所を訪ねてみた。題して『私にとっての台所』。たどってきた人生を映すかのような彼女たちの台所には、前向きに楽しく暮らす知恵が詰まっていた。

 

「母からの贈り物なのよ。本来は赤たが(銅)ですが、戦後だったから針金で。でも今でもしっかり使えるの」

 

23歳で結婚したときに母から持たされたおひつを慈しむように抱え、そう話すのは大石もり子さん(86)。そのおひつに入ったご飯が大好きだった夫・五郎さんは、60回目の結婚記念日の1カ月前、平成23年10月に急逝。もり子さんが娘たちと出かけていたときにひとり旅立った。浅草生まれの粋な夫は食にうるさかった。

 

「口が肥えていたから、おつまみひとつも凝ったものを出すようにしていましたからね。今は、張り合いがなくてね。でも食べなくてはいけないから、毎日、自分で作っていますけどね」

 

そんな、もり子さんにとっての台所とは?

 

「嫁入り道具のおひつやぬか漬け用のつぼ、そして旅行先で買ったお茶わんやお皿など、アルバムみたい。お鍋ひとつだって、いろいろな思い出が……。立つのが面倒くさいときもあるけれど、やっぱり、ここにいるとホッとするんです」

 

もり子さんは60歳のときに『マリは父さん子』で童話作家デビュー。故郷の信州を舞台にした心温まる物語を多数出版。現在も執筆活動を続けている。

 

10年前に夫を亡くし、現在は都内のマンションにひとり住まいの美藤とし子さん(76)。最愛の人に先立たれた悲しみからうつ状態になった彼女を救ったのは韓国ドラマだった。

 

「『冬のソナタ』を見ていっぱい泣いているうちに、少しずつ元気になっていきました。NHKのハングル講座でハングルも勉強し始めて、韓国旅行にも行って。地下鉄に乗ってペ・ヨンジュンさんのレストランに行ったのもいい思い出」

 

韓国に興味を持って出合ったコチュジャン作り。市販のものと違い添加物を入れず、にんにくを使わないのがこだわりだ。そんな、とし子さんにとっての台所とは?

 

「台所に立つと料理が上手だったおじいちゃんにいろいろ教わったことを思い出します。昔より便利なものが増え、今は少し手抜きをしてもおいしいものが作れますね。食事は体を守るたまもの。台所はその食事を作る大事な場所です」

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