流行語にもなった「美文字」。ブームのきっかけとなったのが、宝島社が発行している『ペン字練習帳』シリーズ(中塚翠涛著)だ。シリーズは『30日できれいな字が書けるペン字練習帳』を皮切りに『30日でくせ字がきれいになおるペン字練習帳』などが続き、累計で269万部を突破した。
編集を担当した井野澄恵さんがこの企画を思いついたのは、たまたまテレビで見た「コンプレックスに関するアンケート」の結果からだった。
「1位の『太っていること』に続き、2位が『字が汚いこと』だったことが印象に残りました。『ダイエット本はたくさん出ているけど、字をきれいにする本というのはあまり見ないな』と思い、さっそく書店へ行ってみたんです」(井野さん・以下同)
いくつかのペン字練習書を買ってきて、試してみた。だが、どれも堅苦しくしっくりこないというのが、井野さんの感想だった。そこで、書家の中塚先生と組み、OLが会社でメモを書いたり、ママが子供の連絡帳に記入したりする場面を想定。年配の人を連想させる「達筆」よりも、読みやすく好感度の高い文字を提供しようと工夫した結果が大ヒットにつながった。
井野さんは現在の部署に配属されてからは、おもに料理関係の本を手掛けていた。『作ってあげたい彼ごはん』シリーズ(累計344万部突破)など、ミリオンセラーを多数出している敏腕編集者だ。
「ときには三振することもあります。でも失敗を恐れず、ホームランを狙うのが私のモットーです。ホームランはセンスや才能で打つものではなく、どれだけ突き詰めて考えたかが重要。本を作るときは、いつも『書籍がいいのか、ムックがいいのか』『女のコっぽい雰囲気がいいのか、クールで知的な雰囲気がいいのか』など、あらゆる要素を紙に書き出して、何度も掛け算して考えます」
自分が何に困っているか、どんな本ならうれしいか。それを突き詰めるための「一人会議」だ。彼女のアイデアの源は「本屋」。書店が大好きで、最低でも週に1回、1時間以上は書店で過ごすが、そのたびに新たな発見がある。
「私は子供時代、友達がいなくて(笑)、いつも本屋さんで過ごしていました。本屋さんは、寂しい人を温かく迎えてくれる場所だと思います。個性的で面白い本を作り、本屋さんをワクワクする場所にすることが、私たち編集者の使命」
それは、寂しがりの少女を編集者という天職へ結びつけてくれた、書店への恩返しなのかもしれない。