「漫画の題材は、私が体験したことをベースにしています」

 

そう語るのは、今夏発表された漫画『NOT YET OVER-あどけない瞳に映るもの』の作者で、現役小学校教諭の大塚久さん(50)。この漫画は、東日本大震災と福島第一原発事故後の小学生の姿を描いたものだ。舞台は福島県郡山市内の小学校。2011年6月、被爆を防ぐため、窓を閉め切った教室にエアコンはなく、室内はうだるような暑さだったーー。

 

「酷暑の教室に、市から支給されたのは扇風機2台とヨシズだけ。あの夏、子供たちは、教室でずっとマスクを着けていました。実際、熱中症になったり、具合が悪くなって保健室にいく生徒が何人もいたんです」(大塚さん・以下同)

 

あの日、大塚さんは受け持ちの5年生と体育館にいた。卒業式のために皆でワックスがけをしていたのだ。そこを大きく長い揺れが襲った。郡山の震度は6弱。地震翌日に1号機、14日に3号機が水素爆発を起こす。大量の放射性物質が飛び散ったが、人体への影響も除染のこともわからないまま、4月の新学期は1週間遅れただけでスタートする。

 

「このまま授業を始めていいんだろうか?心のなかにはいくつもの葛藤がありました。でも、上の人たちは、早く環境を整えてふだんどおりを取り戻そうという感じでした」

 

そうして“真夏もマスク”の学校生活が始まった。エアコン設置を市に求めた保護者もいたが、認められなかった。しだいに放射能の影響が明らかになるなかで、子供たちは県外へ避難していった。700人いた生徒のうち、震災後1年で約100人が、避難を理由に転校した。

 

「事故直後の春休み、避難を決めたお母さんが突然、来られてね。私に謝るんですよ」

 

そのときのつらい気持ちを、大塚さんは「息子に『どうして僕たちだけ逃げるの?』と聞かれました……」とつぶやくなり、机に突っ伏して「子供たちが心配で、放射能が怖くて……怖くて……」とすすり泣く母親のエピソードとして漫画に描いている。

 

大塚さんは、かつて漫画家を夢みて漫画家のアシスタントを務め、アニメ制作会社で働いたことがあった。そんな大塚さんに執筆の依頼がきたのは、昨年夏。地元高校の演劇部が、県内外で上演し、好評だった原発事故後の高校生を描いた演劇を漫画化してほしいというものだった。

 

自費出版された、漫画『この青空は、ほんとの空ってことでいいんですか?』は、県内で300部が無料配布される。

 

「この漫画を描いたことで、気持ちが吹っ切れたんですね。やっぱり事故のこと、被爆のことは風化させてはいけないと。それまで、僕自身疲れてしまって、漫画を描くまでは普通に暮らしたいという思いが強くなっていました。でも、なんかモヤモヤしていた。原発事故後のてんやわんやを、ただ黙って、普通に過ごしていくことに引っかかっていたんです」

 

そこで、大塚さんは『被爆の不安』を描く漫画を実名で発表することを決心。漫画のタイトルは『NOT YET OVER』ーまだ何も終わっていないーだった。

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