数々のスター猿を輩出してきた高崎山で、いま熱い視線を浴びている1匹のメス猿がいる。その名はミルサー。上位のオスを選んで“女”を武器にバックにつけてわがもの顔。ついた仇名が“女帝”――。

 

あ、アタシ、ミルサー。噂の女帝ってやつね。15歳のメス猿よ。人間でいうと40代後半。美貌も知恵も経験も豊富な女盛り。’59年の高崎山自然動物園、開園直後の群れはA群1つだったけど、しだいにB群、C群ができ、今はA群が消滅し、B、C群の2つだけ。それでも両群合わせて1355頭もいるのよ。ちなみに、アタシはC群のメス。

 

断っておくけど、アタシたちはあくまで野生。30分ごとのエサの時間には、人間がまく小麦やサツマイモを寄せ場まで食べに行くけれど、飼われているわけじゃない。朝、山から下りてきて、エサの時間が終われば、山に帰って、自由気ままに過ごすのよ。あ、そろそろエサの時間。「楽猿案内担当チーム(ガイド担当のスタッフ)」の菅本夕子さん(41)が寄せ場に立ったわ。

 

「さぁ、みなさん。まもなく猿が続々とやってきます。柵のギリギリまで寄ってください。足を大きく広げて、隣の人とくっつけてください」

 

菅本さんの声で、人間たちは柵の前に並んで、足を開いて待っている。アタシは真っすぐ寄せ場に入ると、辺りを見回した。まだ、No.1のゾロメもNo.2のオオムギもいない。チャンス!アタシは寄せ場の左右にある切り株の1つに腰をかける。本来は、大きい切り株がNo.1、中ぐらいのがNo.2の定位置。だから座るなら、2頭が到着前の今しかない。ここだと1段高くて、ほかの猿がケンカしながら食べているのを見下ろしながら、ゆっくり食事を楽しめるわ。

 

「あっ、みなさん、こちらの切り株を見てください。この子が噂の女帝ミルサーです」

 

菅本さんがすぐに気づいて紹介してくれた。「まぁ!すごい貫禄ね」。女性客がため息をついた。「最近はどこでも、強いのは女性だね」。男性客が苦笑する。

 

ほかのメスより少し大柄で、色白の毛並みは艶もいい。丸みを帯びたふくよかさは、お猿の世界では美人の証し。女を武器にして、上位のオス猿をバックにつけ、優雅な暮らしをしてる。だから、皆、アタシを「女帝」って呼ぶのよ。

 

お猿の世界は階級社会。年功序列で、順位が決まる。高崎山のオス猿には、群れに1日でも長くいる者が上位という絶対的なルールがあるの。とはいえ、長く群れにいる上位のオスは全くモテない。メスたちは、本能的に血が濃くなるのを避けるのよね。

 

でも、そんな階級社会はオスだけの話。メスには序列はない。恋愛も自由。だから、自分の子がどのオスの子かなんて、全然わかんない。オスは子育てしないから、誰が父親だって関係ないの。メスは5〜6歳で妊娠可能。28歳(人間で90歳)で超高齢出産するメスもいるわ。高崎山は今。恋の季節真っ盛り。あっちでも、こっちでも恋の鞘当てで騒がしい。

 

「モテるメス。これはズバリ熟女。出産と子育てのベテランであることが、モテる最強の条件なんです。猿の社会に夫婦制度はありません。自由恋愛。うん、いい響きです」

 

綾小路きみまろ風の名調子で、観光客に説明するのは、ガイドの藤田忠盛さん(44)。

 

「今、No.1が寄せ場に現れないのは、メスを追っかけているんでしょう。恋の季節の猿たちは、エサにそれほど執着を見せない。それほど恋に一生懸命なんです」

 

アタシはその日、No.2のオオムギ、No.3のカンサ―が座る切り株の真ん中で、優雅にお食事。上位のオスがそばにいると、安心してくつろげる。

 

「1年前は全くの無名でしたが、昨年、たった2時間で、トップ3の3頭と恋して、権力を握りました」

 

あら、藤田さん。それってアタシのことかしら?

 

「ミルサーってクレオパトラ、いや、西太后かな」「2頭、3頭って……。お盛んなこと(笑)」といったお客さんに答える藤田さん。「今では、上位陣を後ろ盾に、オスの4位と対等に張り合っています。メスではすごいことです。高崎山もメスの時代、おばあちゃんの時代ですねぇ」

 

言わせてもらえば、アタシはただ、恋に積極的なだけ。待ってるだけじゃ、上位の男は手に入らない。今のボス、ゾロメは28歳のおじいちゃん。先はそんなに長くない。それより13歳のNo.2オオムギかしら。でも彼はまだ、彼女のムメに未練があるらしい。どうするアタシ?

 

「この秋冬で、No.2がムメを諦め、ミルサーについたら、ミルサーは史上最強のメスになるでしょう」(藤田さん)

関連カテゴリー: