安倍首相の「戦後70年談話」が話題だが、国民一人一人に“私だけの70年談話”があるはず。そこで著名人に語ってもらった「この人生を歩んできた私だからおくるメッセージ」。
7月に全国での安倍政権への抗議行動を呼びかけた、作家の澤地久枝さん(84)。心臓にペースメーカーが入った「九条の会」発起人が決意を語る。
私の家族が満州国吉林市に渡ったのは’35年、私が4歳のときのことでした。当初は暮らし向きがよく、戦争のカゲも感じませんでした。開戦翌年のシンガポール陥落では講堂で大祝賀会があり、3人の少女が《この一戦、なにがなんでも、やりぬくぞ》と軍歌を歌いました。そのうちの1人が12歳の私。当時の本望は、「予科練(海軍飛行予科練習生)で死ぬこと」で、完全な軍国少女でしたね。
’45年6月には、学徒動員で開拓団に住み込み、その後に陸軍三等看護婦見習いに動員。ソ連が参戦すると、女学校は野戦病院と化しました。そして15日、陸軍病院動員先の解隊式があり、家に帰ると父が「戦争、負けたよ」と。
北朝鮮にいた叔父一家は、ソ連軍に追い詰められた末に生まれたばかりの赤子もつれて一家心中した。後にそれを聞いて、《どうして戦争は人を追い詰めるのか》と思いました。私の「非戦」の出発点は、ここだったのかもしれません。
’72年の作家デビュー後は、外務省の機密漏洩事件や、ミッドウェー海戦の日米両国の全戦没者を特定する取材など、政治と戦争に関わるテーマに携わってきました。’04年には「九条の会」発足の行事に呼ばれて参加。そして、第一次安倍政権が発足した’07年には、著書『発信する声』で《すでに軍靴の音が迫っている》と警鐘を鳴らしたつもりでした。
しかし、民主党への政権交代もつかの間、東日本大震災、原発事故を経て、再び安倍政権という悪夢です。いまの日本は私が生きてきた戦後の中で最悪の時代だと言えます。いまや、安倍総理の暴走で政治は無残なものです。この国はこのまま行くと必ず徴兵制を敷きます。そうなれば、出ていって殺されるのは、結局名もない人たち……。
7月18日、「アベ政治を許さない」ポスターを掲げる抗議行動を全国に呼びかけました。国会前には、14歳の中学生も駆けつけ、「安倍さん、僕たちの未来を奪わないで」というメッセージを掲げました。北から南までです。若い人たちと、私たち戦争経験者が手をつないでいかなければいけない。戦後70年、まだまだ頑張り続けるしかないんです。