「あのねえ、うちはバリバリ、最重度の自閉症の知的障害の人たちの施設なんですよ。言葉を発しなかったり、おうむ返しの受け答えやったり。だからインタビューは難しいですねえ」
そうは話すのは、特定非営利活動法人コーナスの代表理事を務める白岩高子さん(68)。「アトリエコーナス」は、いま、ヨーロッパの美術界からも注目を集めるアーティストたちを擁するアトリエだ。
アール・ブリュットと呼ばれる芸術の分野がある。1940年代にフランスの芸術家ジャン・デュビュッフェ氏が提唱し、直訳すれば「生の芸術」。正規の美術教育を受けていない人たちが、ほとばしる表現衝動のまま生み出したアートのことだ。そんなアール・ブリュットの世界で、内外から高い評価を受けているのがアトリエコーナスのメンバーたちなのである。
大阪・阿倍野。日本一の超高層ビル「あべのハルカス」近くの昔ながらの下町にあり、純和風の町家造り。道路に面した入口は、緑いっぱいの植栽と縁側風の木のテラス。広々とした空間には大きな作業テーブルが置かれ、木製デッキでつながる中庭の向こうにはアトリエのある別棟が。
開け放たれた入口から中庭へと気持ちのいい風が吹き抜け、11人のメンバーが、思い思いの場所で絵を描いたり、人形を作ったりしている。それにしても、重度の障害者施設であるアトリエコーナスは笑顔でいっぱいだ。
「人の声も匂いも流れるオープンな施設にしたくて、この築80年の町家を、そのまま使うことにしました」(白岩さん・以下同)
アトリエコーナスの設立は’05年。本物のいい画材を提供し、美大卒のアート担当が画材の使い方を見せる。何事も強要せず、アートに取り組む場所も時間も期間も自由。あくまで本人の内なるエネルギーがほとばしるのを待つ。これまでの人生、さまざまな制約を受けてきた彼らに、アートの時間だけはすべて「イエス」のメッセージを送る。最重度の自閉症の彼らは、短期的で数々の賞を受賞し、人気アーティストに変貌した。「アトリエコーナスの奇跡」と呼ぶ人さえいる。
アトリエコーナス設立から11年目。白岩さんは多くの人から「成功の秘訣は?」と質問を受けるという。
「秘訣なんてないんですよ。最初は、なにごとも強要せず、彼らに自由に選択させるんです。あくまで本人の内なるエネルギーがほとばしるのを待つことです。ある日突然描き始めたあの人たちは、突然やめても、まったく不思議はないですし」
話すことができない。意思の疎通さえおぼつかない。だが作品を前にするとき、彼らの瞳は輝き始める。そして世界を驚かすような芸術を生み出す。人間の奥底には、無限の可能性と魂の自由が潜んでいると信じることができるだろう。その作品の大胆な色使いや造形は、見る者の心を打ち、「枠」から解放されるような気持ちにさせてくれる。