アイヌ民族の伝統歌を歌う女性グループが注目されている。その声やリズムに耳を傾けると、自然に溶け込んでいくような心地よさがある。アイヌの自然とともに生きるやさしい世界観は、土地を奪われ運命を曲げられた後でも、変わらなかった。その世界は、震災後、大切なものを奪われた多くの人の心を引きつけている−−。
8月、福島で行われた音楽フェス。ステージに、民族衣装を着た4人組の女性が登場した。ほかのアーチストのファンたちは前奏に合わせ手拍子するものの、どこか上の空。ところが歌声が聞こえ始めた途端、会場の空気が一変した。
独特の節回しと裏声に、いつしか別次元へと引き込まれていく。「軽いトランス状態だった」と終演後、多くの観客が感想を漏らした。その言葉を伝えると、ボーカルの女性の1人は「子供の、舟漕ぎ遊びの歌なんですけどね」と言って笑った。
アイヌ語で「蝶」の意味を持つ「MAREWREW(マレウレウ)」は、北海道を拠点にアイヌの伝統歌ウポポの再生と伝承をテーマに活動を続けるボーカルグループ。’00年から活動を始め、’10年には初のアルバムを発表。翌年には自主公演企画「マレウレウ祭り」をスタートさせ、UAや細野晴臣など多くの有名ミュージシャンをゲストに向かえて話題に。ヨーロッパ公演も成功させ、海外でも注目されている。
アイヌ民族は、北海道を中心とした広い範囲に先住し、独自の文化圏を築いていた。しかし、13世紀以降、和人(大和民族)が北海道に進出。明治期には同化政策によって宗教儀礼や入れ墨などのアイヌ伝統の文化を否定され、さらに言語や土地まで奪われ長く迫害される生活を余儀なくされた。
ちなみに人口は’06年の調査で北海道に2万3千782人とされるが、実態はもう少し多いといわれている。現在は、ふだんの生活で日本に住む多くの人がアイヌの存在にふれる場面はほとんどなくなっている。こうしたなかマレウレウの歌がきっかけとなり、独自の文化にも注目が集まっている。
9月23日。秋分の日は、毎年、旭川アイヌにとって特別な日だ。神居古潭と呼ばれる石狩川の急流域で、かつてニッネカムイ(悪神)とヌプリカムイ(山の神)の争いがあったユーカラ(伝承)から、この地の神々に祈りを捧げるカムイノミが行われる。この儀式もそうだが、アイヌの人たちは、ふだんから神様と密接につながった生活を送っている。
「山に入るときも、必ずお酒を神様に捧げて、『木の実を採らせていただきます』って挨拶して。出るときも、『ありがとうございました』。そんな迷信を、って思うかもしれないけどね、お祈りを忘れて、ひどい雨になって、山菜だとかを全部置いて帰ってきたこともあるし。アイヌの社会では、天から下ろされたもので役割のないものは一つもない、という言葉があって。つまり、何かしらの役割をもってこの世にやってくるから、役割を終えたら神々のもとに帰っていく。車だって廃車にするときに、物送りの儀式をして神のもとに帰す人もいます。そして、また人間のもとに帰ってきてくれると、信じてるんです」(マレウレウのメンバー・ヒサエさん)
自然と向き合うのは、自己を、本来持っていた文化を見つめ直すこと。それこそが、震災後、多くのものを失い、「壊れた日本」を取り戻す最良の手段。アイヌの自然の声を聞く暮らしぶりから生まれたマレウレウの優しい歌声は、私たちをそんな考えにいざなってくれる。