いわき市のホテルで「民生委員・児童委員 メンタルヘルス研修会」が開催された。会場には、いわき市をはじめ、東日本大震災の原発事故により避難地区となった南相馬市、楢葉町、富岡町、大熊町、双葉町、浪江町から128人の委員が集まった。地元のみならず避難先で同郷の人たちのケアに当たる人たちだ。講師を務めた精神科医で立教大教授の香山リカさんは、落ち着いた声で話しかけた。
「震災の前から民生、児童委員をされている方が多いと思いますが、震災後の5年間はそれまでと内容が違うのではないでしょうか。以前からあった家庭内や職場でのトラブルに災害ストレスが加わって、より問題は複雑化しているはずです。そうした状況下では、なおさらみなさん自身の心が健康に保たれていないと、相談者の話をしっかりと聞くことはできないのです」
香山さんは、自らも被災者でありながら地域の復興支援の最前線に立つ委員たちが、PTSD、うつ病、アルコール依存などに陥る可能性があり、それが心配だという。
「責任感や忍耐力の強い人のほうがストレスを内にためてしまいます。一般的に災害ストレスは時間がたつと和らいでいきますが、原発事故による不安という異常な状況が継続している福島県浜通りの場合、時間の経過とともに、逆に強くなるとも考えられるのです。これまで気を張ってきたからこそ、突然ストレスが一気に出て、燃え尽き症候群のように何もできなくなってしまう。そうした事態も起こりうることなのです」
香山さんは、被害の大きかった岩手、宮城、福島の3県で職員の心のケアを続けている。そこで見聞きした仕事ぶりは、想像していた“公務員の仕事”を超えるものばかりだった。
「大勢の犠牲者の、ご遺体を洗って安置することから始まりました。避難所では、新しく温かい食事は住民の方たちに回し、同じ避難生活を送る立場でありながら、自分たちが食べるのは賞味期限ぎりぎりのものから。支援物資の受け取りも最後にするなど、とても気を使っていました。行方不明の探索でも、自分の家族の安否もわからないまま、住民の家族を優先する。それは大変だったと思いますよ」
そこまでしても公務員だからと、ほとんど感謝されない。その報われない気持ち。
「多くの被災地で話を伺いましたが、警察、自衛隊、消防の方たちは『ご苦労さまです』『ありがとう』と言われ感謝されますが、自治体職員の方たちは、その言葉をなかなか言ってもらえません。窓口では、同じ被災者なのに住民の要望を聞き、何を言われても言い返すことができない。イライラが頂点に達した住民に怒鳴られたり、暴力を振るわれたりした人までいるのです」
震災から5年−−。地域が一丸となり、着実に復興を進めるためには、献身的に住民をフォローする職員や、日常生活を支援する民生委員、児童委員は不可欠な存在だ。香山さんが話す。
「そうした支援者、救援者の心の健康を保つためにストレスケアをすることも、復興支援だと思っています。みなさんにも、原発事故に立ち向かう縁の下の力持ちがいらっしゃるということを、知っておいていただきたいです」