「この春キャベツの甘味は特別。去年の10月に植えて、氷点下7度になるほど厳しい冬を乗り越えたからこそ出るもの。しかも震災を乗り越えた私たちが作るキャベツだから、1年前よりも格別においしくなっています」
熊本県西原村。雄大な阿蘇山のふもとにある畑で、藤本奈菜恵さん(31)と妹の未和さん(28)は、丸々としたキャベツの収穫をしていた。昨年4月14日から、震度7などの激震が相次いだ熊本地震。一連の地震での死者は50人。地震後体調を崩すなどした「災害関連死」を含めると200人を超える犠牲者を出した大地震は、農業にも甚大な被害を与えた。農地をはじめ、ため池や水路などの損壊は5,000件以上。九州一の米どころでありながら、稲作を断念した農家も少なくない。
「私たちの自宅も本震で倒壊寸前まで傾いてしまいました。私もタンスの下敷きになり、なんとか助けてもらいましたが、それ以上に深刻だったのが田畑。ため池が決壊して、収穫直前のにんじん畑が水浸しになってしまって……」
そう当時を振り返る未知さん。奈菜恵さんが続ける。
「それを見て落ち込んだのは父でしたね。水路が壊れ、農業用水が来なくなり、『もう何もかもおしまいだ』とすっかりやる気を失っていました。父は農業のプロだから、被害の大きさから絶望したのかもしれません。でも、私たちは素人感覚で“なんとかなる!”と思ったんです」
震災後は、2人で軽トラに寝泊まりして農業を続けた。
「水路が壊れているから畑にまく水は、川からくんでこなければなりません。余計な作業は増えましたが、落ち込んでいる父や近所のおじさんを見ていると、“若い私たちが、なんとかしないと”と思うようになったんです」(未和さん)
そして、熊本地震は姉妹の意識も大きく変えた。
「野菜を食べた人の反応がわかったのは、ある意味、地震のおかげ。“復興マルシェ(仮設直売所)”のお客さんの『おいしい野菜で元気をもらった』と話す笑顔を見て、もっとおいしくしたい!と」(未和さん)
あの地震から1年。姉妹はにんじん、キャベツ、大根を育てながら、花の栽培にまで手を広げている。父親も2人の姿で元気を取り戻した。地震で農業に見切りをつけた近隣の7軒から土地を借り受け、全部で約3万6,000坪の畑を手掛けるまでに、規模を拡大している。
「力仕事は男性には負けますが、畑に女性がいるのは珍しいから、おじいちゃんたちが優しくしてくれます。野菜を上手に育てるコツも、私たちが聞くと、すんなり教えてくれるんです。それに、野菜は質にこだわって、手間ひまをかければ、おいしくなります。農業には本当に“やりがい”がある。就農したい女性がもっと増えたらいいですね」
奈菜恵さんがそう語ると、未和さんが続けて−−。
「熊本の野菜のおいしさを世界中の人に知ってもらいたい。そのために法人組織にして、いずれはフィリピンなどの海外で“メード・イン・クマモトの野菜”を作りたいんです」
姉妹が作る野菜は、たくさんの夢が詰まって、さらに甘味を増している。