「まあまあ、まんず、これを食べてみてください」。青森県金木町にある桑田ミサオさん(90)の作業場を訪れると、柔らかい笑顔で笹餅を出してくれた。手に持つと、笹餅のふんわりとした軽さに驚く。笹の葉の香りが漂う餅は、トロリとした口当たり。穏やかな甘みが口に広がり、小豆の優しい香りが鼻腔に抜けた……。
「どんだ~」と、ミサオさんは記者の顔をのぞき見て、感想を聞くと、満足そうに顔をクシャッとさせた。モチ米粉と餡で作る笹餅は、ミサオさんが生まれ育った津軽地方で伝統的に作られてきた和菓子だ。とりわけ彼女が作る『ミサオおばあちゃんの笹餅』は、週2回、地元のスーパーで売られるが、300個(1袋2個入り=120円)の笹餅は、瞬く間に売り切れてしまうという。
ミサオさんが、笹餅を売るようになったのは75歳のとき。70歳を過ぎて起業したスーパーおばあちゃんだ。
「保育所の職員を定年退職して、農協の婦人部に参加して、直売所を手伝ったときに、ワ(私)でも、何か作れないかと思って、母親から教わった笹餅を作り始めたのさ。作りだしたら、モチ米の蒸す時間、砂糖の量など、工夫することはたくさん。そこで『おいしい、おいしい』と言われるとうれしくなってね。もっと上手に作ねばマイね(作らなければいけない)し、電話注文が増えてきて、家族にも迷惑がかかる。思い存分に笹餅作るために、15年前に作業場を建てだのさ」
悠々自適に暮らしてもいい年齢で始めた商売。ミサオさんの長男も、最初は反対していたという。
「今では『笹餅作るのやめれば、ボケでまるじゃ(ボケてしまう)』と見守ってくれています。孫も、職場で笹餅が人気になったことで『今度、作り方教えでけ~』と応援してくれます」
卒寿を迎えた今でも、ミサオさんは、作業場に泊まり込んで、夜も明けきらぬうちから笹餅作りに没頭。27キロの米袋運び、商品の袋入れ、自転車での納品までを、たった1人でこなしている。しかも餡に使われる小豆は、自分の畑で作り、モチ米は近所の農家から購入している。さらに笹の葉は、自分の山に入って取ってくる。年間に使う笹の葉は3万枚以上!
「あるとき笹の葉を業者から買って笹餅を作ったことがあるんですよ。そしたら大赤字になってしまいました(笑)。ギリギリでやっているから、いくら注文が増えても、人は雇えねえな~。手持ちに入りません。去年、働いて残ったのが40万円。それも四国八十八箇所巡りをバスツアーで行ってお金使ってきたから、何もの残っていません」
ときにヒザが痛むことがある。それでもミサオさんは立ち仕事を続けている。そこまでして商売を続ける理由は?
「ほかの人がワ(私)の笹餅をまねして作ってみても、同じ食感や味にはなりません。その違いは“心”だと思っています。おいしくなれ、と思いながら作るだけですけど、銭っコもらってする仕事は、誠実でなければマイね。笹餅はこの土地の文化だね。それを伝えていきたいのさ」
そんなミサオさんに夢を聞いてみると、目を輝かせてこう語った。
「そんだな~、東京さ店っコだして、この笹餅を売ってみてえなぁ」