■日本史を逆から学ぶと、繰り返す歴史のパターンが見える
文庫『日本史は逆から学べ』(河合敦著・光文社知恵の森文庫)が発売2週間で3刷りと好調だ。内容はタイトル通り「日本史を、時系列と逆順に学んでみよう」というもの。著者で歴史作家の河合敦先生によると、日本史を逆から学ぶことで「いくつかのパターンに気づける」はずだという。
「日本史を逆からたどるというのは、『どうしてそうなったんだ?』と因果関係を理解しようとする作業です。この方法で日本史を学んでいくうち、何度か出てくる “パターン”というものに気づくようになるんです」(河合敦先生/以下同)
■『反動』は日本史の“あるある”パターン
歴史にはパターンがある……、それって「日本史“あるある”」的なものでしょうか?
「厳密に“あるある”といえるかわかりませんが(笑)、よく起きるパターンが存在するのは間違いないです。例えば『既存の政治手法の反動が、新たな政治を生み出す』というパターン。これは江戸時代に顕著ですね。享保の改革・田沼政治・寛政の改革・大御所政治・天保の改革……。これらは大体『前任者への反動』が原因の一つになっています」
うーん。江戸時代に、何度か改革があったとは覚えていますが、実際にどのような流れだったかは思い出せない……。
「では簡単に、江戸時代の改革の流れを逆順で辿ってみましょう。大まかな歴史の理由と流れが見えてきますよ」
■「天保の改革」は「大御所時代」の反動だった
「江戸幕府は薩長両藩の倒幕運動におされて大政奉還し、さらに鳥羽・伏見の戦いに敗れて260年の歴史に幕を閉じます。ではどうして幕府が、薩長などの藩に負けてしまったのか? 理由はいろいろありますが、一つには『「天保の改革」に失敗したから』。『天保の改革』は水野忠邦が行った幕政改革ですが、あまりに急性且つ強引だったことから反発を生み、失敗に終わります。
ではなぜ水野忠邦は性急且つ強引な改革に踏み切ったのか? 実はそれ以前、長期間にわたり、11代将軍・徳川家斉が放漫政治を行っていて(この期間は大御所時代と称される)、幕府の力が弱まっていたんですね。関東の治安が乱れ、飢饉のせいもあって各所で一揆や反乱がおこっていた。つまり、幕藩体制が揺らぎ始めていたのです。水野忠邦は、そうした状態を解決すべく、大急ぎで締め付けようとしたんですね」
■「寛政の改革」が厳しかったのは「田沼時代」が原因!
「ではなぜ、家斉は放漫政治をおこなったのか? それは前任者ともいえる老中・松平定信が行った『寛政の改革』があまりに厳しかったからだと言われています。その反動で、家斉は定信を退け、逆の政治スタンスをとるようになった、と。
ではなぜ『寛政の改革』は厳しかったのか? これは先の老中・田沼意次の重商主義的な政策が弛緩した社会を生んだと、松平定信が考えたからです。重商主義では金銭がモノを言いますから、賄賂などが横行し農村を捨てて町に出る農民も増えたそうです。定信はそういった社会を締め直そうと、厳しい改革を行ったんですね」
■「享保の改革」の増税が遠因で、田沼は重商主義を取った?
「では田沼意次はなぜ重商主義をとったのでしょうか?江戸幕府は開府以来、農村からの年貢米が経済基盤です。商業より農業に重きを置く社会だったはずですよね?当時も農村に余裕があれば、恐らく年貢を増やす(増税)ことを考えたでしょう。ですが田沼意次が台頭した頃には、すでに大増税が行われて、これ以上は増税できないほどだったのです。大増税を行ったのは8代将軍・徳川吉宗。彼が実施した『享保の改革』で、農村への年貢をかなり重くしており(結果的に改革は成功)、これ以上負担をかけると一揆が起こり兼ねません。そこで田沼は、商業の発達によって経済力をつけた商人たちから金を吸い上げる方法をとった、というわけです」
■現代を見つめ直すためにも歴史の因果関係をたどろう
すると「享保の改革」は増税で成功したが、それ以上の増税はできかねて田沼が重商主義を取り、その反動で松平定信が「寛政の改革」を行い、その反動で徳川家斉が放漫政治を行い、その反動で水野忠邦が「天保の改革」を行った……ということ?
「非常に大まかなとらえ方ですが、流れはあっていますね。特に江戸時代が顕著ですが、統治者たちは直前の失敗やマイナス面から脱却しようと策を練り、新たな活路を見出そうとします。それらを俯瞰して逆から見てみると、結果的には前任者の『反動』という形をとっていることが多いですね」
河合先生は昨年までの27年間、高校の日本史教師として教壇に立っていたキャリアを持つ。先生、歴史を逆から学ぶことのメリットとはなんでしょうか?
「歴史というと現在の我々とは切り離された、遠い昔の話にも感じられますが、繰り返されるパターンは似通っています。それらはどこか現代に通じる点があるかもしれません。そういったものを見つけられると、今生きているこの時代の見方も少し変わってくるでしょう。教科書で一通り学んだ世代だからこそ、日本史の因果関係を逆から学び直すことで、現代を見る“新たな視点”を得やすいのではないでしょうか」
【著者略歴】
河合敦(かわいあつし)
1965年、東京都生まれ。早稲田大学大学院博士課程単位取得満期退学(日本史専攻)。多摩大学客員教授、早稲田大学非常勤講師。『世界一受けたい授業』(日本テレビ)など、テレビ出演も多数。主な著書にじっぴコンパクト新書シリーズ『世界史もわかる日本史』『世界史もわかる日本史<近現代編>』(ともに監修/実業之日本社)のほか、『吉田松陰と久坂玄瑞』(幻冬舎新書)、『外国人がみた日本史』(ベスト新書)などがある。