「私が出演する映画で、祖母役に樹木希林さんが決まったとドリス・デリエ監督から聞いてうれしくて大興奮しました。ただその後、監督から『ただ条件があるの』と聞かされて……。希林さんの出された条件、それは『(私が)生きていたらね』だったんです」
そう振り返るのは、ドイツをはじめ海外で活躍する舞踏家・ダンサーの入月絢さん。’08年にドイツで公開された映画『HANAMI』に準主役のミステリアスな日本人少女でダンサー役として出演。
その続編に、尊敬する希林さんとの共演を喜んだ入月さんだが、その条件を聞いて息をのんだ。希林さんが、人生最後の撮影に臨んだのが、この映画『満開の桜と妖精』(来年3月にドイツで公開。日本では配給会社が未定)だった。
遺作となる映画で共演を果たした入月さんが、本誌に貴重な撮影時の思い出を語ってくれた。
「初めての出会いは、庭園の美しい旅館の廊下でした。西日が差しこむ7月10日午後3時ごろ、希林さんの撮影終わりを待ってご挨拶したんです。思っていたよりも、小さくか弱くて、歩くのもつえを突かれてゆっくりで大変そうでした。『孫役の……』とご挨拶をすると、『そうね、こんにちは』と、パッと優しい笑顔になられて。でもお部屋へ戻るのも一歩一歩ゆっくりと歩かれていました」(入月・以下同)
撮影現場も、出演者やスタッフが宿泊したのも、神奈川県にある和風旅館「茅ヶ崎館」だった。
「希林さんは私の祖母で、旅館『茅ヶ崎館』の女将役でした。でも本当に出演していただけるかは、7月ギリギリまでわからなかったんです。その姿を見ながら、『生きていたらね』と、おっしゃった言葉の重みを感じました」
今年の夏は暑さも特に厳しかったが、撮影現場となる旅館の廊下や食堂には冷房はなかったという。
「女将役の希林さんは、常に首にタオルを巻かれていました。旅館の台所のシーンなら汗を拭きながらお芝居できますから」
希林さんとは3日間、一緒にすごした。朝食後に1度だけじっくり会話ができたことも、大切な時間となった。
「朝ごはんを、みんなでご一緒したあと1時間くらい、ざっくばらんな話をしてくださって。誰かが、うちのドイツ人の夫のことを『絢ちゃんは、旦那がカッコよくていいわね』と言ったとき。普通なら謙遜するところを、つい『はい。夫のこと大好きです』と返した私に、希林さんが『あら~いいわね~』と、ふわ~っと柔らかな笑顔で言ってくださったんです」
そして、こう続けたという。
「『結婚しなきゃダメよ。籍に入ることは人をつくりあげるの。(籍という)縛りが人をつくるのよ』。この言葉からも、希林さんの“哲学”や、ご主人の内田裕也さんへの愛が伝わってきました」