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令和へと持ち越された、眞子さまと小室圭さんのご結婚延期問題。歴史学者で象徴天皇制を研究する河西秀哉・名古屋大学大学院准教授は、お二人の結婚に「条件付き賛成」だという。その理由とは?

 

 

日本国憲法は第24条で「婚姻は、両性の合意のみに基いて成立」する、としています。その意味では、眞子内親王と小室圭さんが結婚したいという意思を持っているのに、外野が無理矢理に引き離すことはよくないでしょう。

 

一方で、手放しで認めるのも難しいように思われます。これも日本国憲法に関係します。第1条に「天皇は、日本国の象徴であり」「この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く」とあり、国民の意思が象徴天皇制を決定づけるともされているからです。

 

戦後に成立した象徴天皇制では“日本国憲法への適合”が重要視されてきたのです。天皇がいかに「人間」的であるのかがアピールされたのも、国民主権が憲法に定められたから。ミッチー・ブームも、当時の明仁皇太子と正田美智子さんの「恋愛」がまさに憲法第24条の理念を表現している、と見られたからこそ起きた現象といえます。このころ、お見合い結婚と恋愛結婚の割合が逆転し、その後は恋愛結婚が主流となりました。

 

’93年当時の徳仁皇太子と小和田雅子さんの結婚も、男女雇用機会均等法施行後の世代の女性が皇族と結婚することに注目が集まり、国民は歓迎しました。つまり、戦後の皇室は国民の生活のモデルとなってきたのです。それは日本国憲法が社会に定着し、受け入れられていたからではないでしょうか。

 

とはいえ、天皇や皇族は自分の意思だけを表出させてきた存在ではありません。たとえば、’16年8月の「象徴としてのお務めについての天皇陛下のおことば」では、天皇としての行動が《社会に内在し、人々の期待に応えていくかを考え》ながらなされてきたものであると上皇は述べられています。

 

マスメディアだけでなくインターネットにも、皇室に関する様々な情報や意見が溢れています。天皇や皇族がそれらを国民の意見として踏まえながら活動してきたことも、近年「平成流」として高く評価されています。

 

象徴天皇制は伝統や血筋ではなく、国民の支持によって成り立ってきたのです。’18年11月に秋篠宮が《多くの人がそのことを納得し喜んでくれる状況、そういう状況にならなければ》結婚は認められないと述べたのも、そうした環境があってのことです。

 

その意味では、眞子内親王や小室さんは積極的に国民に説明し、自分たちの意思を述べることが望ましいように思われます。現在、とくに小室さんが、寄せられる疑念を晴らそうとする姿勢がやや弱いように見えます。国民の納得を得るように努力することは、象徴天皇制の流れからも、必要ではないでしょうか。

 

そのような姿勢を見せれば、国民は二人の結婚に理解すると思われますし、理解しないといけないと思います。

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