「10月1日に消費税を10%に増税することは、法律で定められていて、増税を延期や凍結するには、法改正が必要になります。今国会は6月26日に閉会しますから、6月中旬ごろが、決断のタイムリミットでしょう」
そう語るのは、昨年11月に『「10%消費税」が日本経済を破壊する』(晶文社)を上梓した京都大学大学院教授の藤井聡さんだ。第2次安倍内閣で6年にわたり内閣官房参与を務めたが、増税などに反対する「言論活動に注力するため」、昨年12月に参与の職を辞した。
「“たった2%”の増税と楽観する人も多いようですが、私たちの生活に破壊的な影響を与えます。’97年に消費税が3%から5%に上がったときを例にしましょう。消費税3%が導入されたのは’89年ですが、このときは経済も大きく成長し、物価も上昇していました。一方、’97年の増税は、物価が下落(デフレ化)する局面で行われました。消費税はいわば消費への“罰金”のようなもので、消費を減退させる効果があります。この増税で、日本は深刻なデフレ・スパイラルに陥ったのです」
消費が縮小すると物価は下落し、企業業績が悪化する。そうなれば、給与カットやリストラされる人が増え、ますます消費が縮小して、物価を下落させる。これがデフレ・スパイラルだ。GDPの6割近くを占める個人消費の落ち込みは、それだけ深刻な影響を経済に与えるのだ。
「バブル崩壊後も、日本経済は鈍化しつつも成長し続けていましたが、5%への増税によって衰退が始まりました。1世帯あたりの平均所得は、増税を機に年間数万円、多いときで約20万円も減っていった。ピーク時の’94年には1世帯あたり年間664万円あった平均所得は、’13年には529万円と、135万円も減少しています。“失われた20年”は、消費税の増税が原因だったのです」
’97年の増税の直後に、一時的に税収が上がったが、翌年から下がりはじめ、増税からわずか6年で10兆円も税収が減ってしまった。結局、消費税増税が招いた不景気のために、税収が減ってしまったのだ。
さらに、「リストラが横行し、自ら命を絶つ人が急増した」と藤井さんは指摘する。’96年には2万3千104人、’97年には2万4千391人だった自殺者は、’98年には3万2千863人に増えている。
「20年近くにわたり2万人強を推移していた年間の自殺者数が、’97年を機に、3万人強へと1万人も増えてしまった。その後14年間、3万人を下回ることはありませんでした。“たった2%”の増税が、十万人単位の国民を“殺した”のです」
’14年の8%への増税も、消費を大きく悪化させている。増税直前には369万円あった1世帯あたりの消費支出は、現在335万円。つまり、私たちは消費税のために34万円も “貧しい暮らし”を強いられるようになった。それでも、政府や財務省は「増税の影響は軽微」と、日本は好景気だと喧伝してきた。
「数字上はそうなっていたのは、世界景気が好調なため、輸出が伸びていたからです。日本のGDPは増税前と比べて、4年間で約18兆円増えていますが、そのうち約15兆円が『輸出』の増加です。これを除けば、実質的な『ゼロ成長』と言ってもいい。さらに、『輸出』には波及効果がありますから、世界経済の状況次第では、ゼロ成長どころか『マイナス成長』になっていた可能性が高い」
日本の輸出産業を支えてきた世界経済にも陰りが見えている。5月上旬に再燃した米中貿易摩擦の影響などによる、世界的な同時株安が懸念されている。
「現在の状況は’97年の増税時の状況に似ています。このタイミングでの10%への増税は日本経済を徹底的に破壊し、日本をますます貧しくしてしまうでしょう。デフレ下の消費税の増税はけっしてやってはいけない愚策。過去の過ちを繰り返してはならないのです」
消費税の増税によって、この20年間で日本の所得は2割減となっている一方、世界経済は成長を続け、この20年間に2.4倍に拡大した。
「日本での初任給は20万円ほどですが、中国やアメリカの一流企業では50万円になっています。オーストラリアではラーメン店のアルバイトの時給が2千500円にもなった。日本はもう豊かな国とは言えないのです。“インバウンド景気”などと言われるのも、単純に世界が豊かになるなかで、日本が貧しくなり、観光客が来やすくなっているために過ぎません」