みんな彼から目を離せなかった。その華麗な演技に、飾らない笑顔に、失意の涙にさえ、人々は魅了され続けた。希代のスケーターの挑戦を間近で見守ってきた男が明かす高橋大輔のこれから――。
「もしかしたら、アイスダンスやるかもしれません。もうすぐ決断します」
今年6月、大阪のレストランで、まるでそうすることが当り前だったかのようなごくごく自然な表情で“大ちゃん”はそう明かした。突然の告白に、関西テレビのプロデューサーの居川大輔さんは心底驚いたが、同時にこう思った。
――大ちゃんらしい。彼はまだ挑戦しようとしているんだ。
12月19日に始まる全日本選手権で、男子シングル選手としてのキャリアにピリオドを打とうとしている高橋大輔選手(33)。13年にわたって密着取材を行い、それをまとめた『誰も知らない高橋大輔』(KADOKAWA)を出版した居川さんが、高橋との日々を振り返った。
’10年のバンクーバー五輪で、高橋は日本男子初の銅メダルを獲得。続く世界選手権では、当時の世界最高得点で、日本人初の金メダルに輝く。名実ともに、世界のトップスケーターとなった高橋だったが、’13年、けがを押して出場した全日本選手権でまさかの5位。ソチ五輪では必死の演技で6位入賞する一方、羽生結弦選手(25)が日本人初の金メダルに輝く。男子フィギュアのトップの座は完全に羽生結弦のものになった。’14年10月、高橋は引退を発表する。
次の人生へのステップのため、アメリカ留学を決めた高橋。帰国後は、アイスショーに出演。そして’18年7月、高橋は現役復帰を発表する。会見の直前、高橋は居川さんにこう言った。
「わざわざ会見なんてしなくていいと思うんですけどねえ……。復帰する試合のパンフレットをよく見たら、出場選手のところに高橋大輔って書いている。それくらいのほうがいいと思いません?」
そう笑うのを見て、恥ずかしがり屋の彼らしいと思った。
「復帰後は本当にうれしそうでした。本人も『どんどんうまくなっていく感じは久しぶりで楽しい』と言っていました」
以前の彼なら、勝負のスイッチが入っているときは、話しかけることもはばかられた。
「それが大会前日にパンフレットを見せてきて、『オレだけ30代、オッサンだよね!』と笑ったり。ただ、スケートをする喜びだけを感じているようでした」
復帰当初の「全日本で最終グループに入ること」という目標を飛び越えて、’18年の全日本選手権では、宇野昌磨選手(22)に次いで高橋は2位に輝いた。
「それでも、転倒から集中力を失ったことを、『悔しい……メンタルの弱さが出ちゃって、やっぱダメだなぁ』と反省していました。現役復帰したとき、羽生選手や宇野選手には勝てないというのはわかっていたと思います。でも、『トップに立てないから、がんばるのはやめよう』ではない。それが4年間の休息を経ていちばん変わったところだと思います。できない自分を受け入れながら、自分にできることをひたむきにやることが、どれだけ人生にとって豊かなことか、周囲に感動を与えるのか、彼の姿が見せてくれます」
12月20日、高橋はシングルの選手としては最後の全日本選手権に挑む。もちろんチケットは即完売。ほんの十数年前までは、会場に空席があったことは信じられない時代だ。現在の男子フィギュアの隆盛の基礎を作ったのは、間違いなく高橋の功績だろう。
「彼が来季から挑むアイスダンスは、正直いって日本ではそこまで人気のある競技ではない。でも、彼が参入することで業界が盛り上がります。ペアを組む村元哉中さんからオファーをもらって、必要とされてはせ参じる、というのも彼らしい。身も心もカッコいいんです」
日本の男子フィギュアを変えたように、高橋の挑戦が日本のアイスダンスを変えるかもしれない。ピリオドの後には、新章が始まる。これからも、高橋大輔は私たちを魅了し続けるのだ。
「女性自身」2020年1月1日・7日・14日号 掲載