「留魂壕」の前で自身の沖縄戦の体験を語った古堅実吉さん=19日、那覇市 画像を見る

 

沖縄戦経験者で元鉄血勤皇隊員の元衆院議員・古堅実吉さん(90)が19日、同隊に動員された沖縄師範学校の生徒が避難したとされる首里城敷地内の「留魂壕」前で初めて自身の体験を語った。古堅さんは、同所で行われた平和学習に参加した約60人の市民を前に証言。平和学習のために壕の一般公開を求め、「二度と再び悲劇を起こさないよう考える場として活用してほしい」と訴えた。

 

首里城正殿裏手にある「留魂壕」は沖縄戦当時、沖縄師範学校男子部の学生らが掘った壕で、米軍が上陸する直前の1945年3月ごろまでに完成。米軍上陸後は、鉄血勤皇隊として動員された沖縄師範学校生らの壕として利用されたほか、壕の一部では当時の新聞「沖縄新報」の発行が行われていた。

 

平和学習は、市民団体「首里平和委員会」が企画。県立芸術大学そばにある沖縄戦で焼け残った校門門柱など、戦前に首里城敷地内にあった沖縄師範学校ゆかりの場所を巡った。沖縄戦直前の44年4月に同校に入学した古堅さんは「緑豊かな場所だったが、葉っぱ一つなくなった。徹底して爆破し尽くされた」と米軍の艦砲射撃の苛烈さを振り返った。

 

古堅さんは、「つるはしを持って3交代で壕の穴掘りをした」などと壕の前で約2時間にわたって当時を回想。壕の現場保存と平和学習への活用が必要だとし、「見学が許されるようになればいい。平和学習に役立てるように、皆さんのお力を貸してほしい」と強調した。

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