《私は夢のある未来がほしいだけだ》
《俺についてこい》
スクリーンのなかの三浦春馬さん(享年30)は、そんな力強い言葉を放ち、生命力にあふれている――。映画『天外者(てんがらもん)』(TOHOシネマズ日比谷ほか全国にて公開中)の劇中でのことだ。12月11日の公開から3日間で11万7,959人を動員、興行収入は1億6,653万7,600円の大ヒットスタートを切った本作は、今年7月に亡くなった春馬さんにとって最後の主演映画。監督、田中光敏氏(62)に撮影時のエピソードを伺った。(以下、「」内は田中監督)
映画の主人公は五代友厚。薩摩藩士から明治政府の役人を経て実業家となった人物だ。春馬さんをキャスティングした理由は、“誠実さ”や“芯の強さ”。
「近年の春馬くんは、役者として大人になっていって、凛とした清潔感があって、誠実さ、芯の強さがある感じがしていたんですね。春馬くんに演じてもらうと“五代友厚”という人が歴史の表舞台に立てる人になるのではないかなと思って、彼にいのいちばんにお話しをさせていただきました。ただ、そのときには仕事が忙しかったらしく、しばらくしてやっと仕事が空いたときに受けてくださいました」
春馬さん自身は、五代友厚という人物についてどういった感想を持っていたのだろうか。
「春馬くんと、五代友厚について話したことがありました。僕から“五代友厚という人は、100年先を見据えた男だ。しかも日本という枠のなかではなくて、世界という枠のなかで考えている人だ”という話をしたことがあるんです。春馬くんも五代友厚についての本をたくさん読んでくれていたので、“僕もそう思います。既成概念を壊していった感じがありますよね”というように言っていましたね。
五代友厚から大隈重信に宛てた手紙があるんです。それを彼に見せたら、“僕、五代友厚が腹に落ちました”と言ってくれました。その手紙のなかには、人を思う気持ちや、社会をどう見ているかといったことが書かれていて。“自分の生きざまと共感できるところがある”といったことを言っていましたね。
手紙の内容は、“自分と同じ地位でないものの意見がある。大同小異の場合には常にそのものの意見をほめて、それを採用されよ。他人の主張をほめ、他人の説を採用しなくては、あなたの徳を広めることはできない”といったことが、まず一つ書いてあります。
ほかには、“時にいろんな大切なことを決めるときというのは、時熟すのを待ってされよ”と。あまり早合点しないでくれ、ということですね。あとは、“閣下(大隈重信)がある人を嫌えば、その者も閣下を嫌う。それゆえ、自分の好まぬ人間とも交際するよう努められよ”と。
現代にも通じることを書いてるんですよね。春馬くんにも“五代友厚ってこんなことを書くような男なんだよ”って言ったら、彼も“すごいですね”と。そのときに“僕、儒学を勉強しているんです”ということを言っていました。“そのなかにいろんな教えがあって。いろんなことを知りたいから”とね」
主演として、春馬さんは共演者たちをサポートしていたようだ。
「リハーサルのとき(三浦)翔平くんがほかの仕事があって来れないときがあったんです。そうしたら春馬くんが“監督、心配しないで。翔平と連絡をとって、東京で翔平のいなかったぶんを読み合わせしておくから”と言ってくれたんですよ。そんなことふつう、役者さんが友人同士でもなかなかしません。それで、次のときに、読み合わせをするとバッチリなんです。それで“翔平くん、できてるじゃない”と言ったら、“春馬と東京で練習しました”って言っていて。
春馬くんだけでなく、三浦翔平くん、西川貴教くんと、時代劇の経験のあまりない人たちが、今回は見事に時代劇に溶け込んでくれて、生き生きと芝居をしてくれているんです。みなさんが委縮せずに、伸び伸びと演じてくれていると思います。“京都(松竹撮影所)は怖いところだと聞いたんですけど、実際やってみたら温かくていいところでした”って、春馬くん含めて、みんなそういうふうに言ってくれましたね」
春馬さんのことを話すのはやはりつらい、という監督。それでも取材に答えてくれたのは、ともに作り上げた映画『天外者』を多くの人に見てほしいという思いがあるのだろう。
「彼とは半年近い時間、会って打合せをして、こういう映画を作り上げてきたわけですから。彼に対する喪失感というものは、なかなか癒えるものじゃありません。ただ、もう間違いなく、彼と一緒にこの『天外者』をつくったし、そしてそれを一緒に支えてくれたほかのキャストのみんなも本当に一生懸命、彼と一緒に映画を現場で支えてくれました。だから、なんとか明るく前向きに映画の告知はしていきたいというふうに思っているんです」
取材の終わり、田中監督から本誌記者に「宣伝お願いいたします」という一言。“春馬さんのぶんまで”、という気持ちが感じられた。本来であればいまごろ春馬さんも映画のPRのための取材やイベントで忙しく過ごしていたのだろうか――。