10月19日午前10時過ぎ、北朝鮮が日本海に向けて計2発の弾道ミサイルを発射。今回発射されたミサイルは「潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)」で、2発とも日本海に落下したと推定されている。
岸田文雄首相(64)も、遊説先の福島市で「先月来、連続してミサイルを発射していることを遺憾に思う」と述べ、北朝鮮を非難。外務省も、弾道ミサイル発射は国連安全保障理事会の決議違反だとして外交ルートを通じて北朝鮮側に抗議した。
岸田首相は、東北を回る遊説日程を途中で切り上げ、東京の首相官邸に戻った。しかし、「もっと早く官邸に戻れたのでは」という声が党内から上がっている。
「予定では、岸田総理は福島県を午前中に回って、その後は仙台駅前で演説、秋田県内に入って八郎潟町や秋田市での応援演説をするはずでした。
ミサイルの1発目は10時15分、2発目は同16分とされていますが、総理は10時20分から土湯温泉で街頭演説を始めた。それが終わった後、仙台市に向かい、駅前の商業施設の前で応援演説に立っていました。つまり、北朝鮮がミサイルを発射していることがわかっているのにも関わらず、仙台に向かったわけです。
党内では、『なぜもっと早く東京に戻らなかったのか』という声が聞こえます。なぜなら、官房長官も官邸を不在にして、自分の選挙区に行っていたのです」(自民党関係者)
さらに衆院選の公示日とあって、ミサイルが発射された時点で、松野博一官房長官(59)も選挙区がある地元・千葉県に入っていたのだ。
「首相が出張で官邸を離れる際、官房長官は都内で留守を預かるのが慣例となっています。何かあった際に、すぐに官邸に入って危機管理の指揮をとるためです。
2014年の衆院選の時、当時の安倍晋三首相と菅義偉官房長官が選挙応援のため、同時に都内を離れてしまった時も、『危機管理上問題はないのか』という懸念が党内から示されたことがありました。
今回、松野官房長官は、代理として磯崎仁彦官房副長官を指名して“留守番”をさせていました。磯崎副長官は参議院議員で衆院選は関係ないので、官邸に詰めていることができるからです。2014年の安倍氏と菅氏が官邸を同時に離れた時も、当時参院枠の官房副長官だった世耕弘成参院幹事長に留守を守らせていましたが、その前例にならった形と言えます」(政治部記者)
ある自民党中堅議員は、「留守番がいればいいわけではない」と語り、
「岸田総理は官邸に戻って、発射直後に国民への的確な情報提供などの指示を出し、『緊急時、必要ならば自衛隊機で戻れる体制も整えていた』と話していますが、すぐに戻らず仙台に向かってしまったのは良くなかったと思います。
なぜなら、“万が一の事態”が起きて国家安全保障会議(NSC)を開催し、国民の生命に関わるようなことについて、速やかに意思決定を下さなければいけない局面が起きたとします。同会議の議長を務める総理や、総理の不在時に会議をまとめる役割を担う官房長官が“不在”で、はたして問題はないと言えるのでしょうか。
“連絡がつくから大丈夫”と言っても、通信網が機能せず連絡がつけられないような事態になっていたら、どうするのでしょうか。岸田総理と松野官房長官の“官邸不在”が、危機管理上問題がなかったとは決して言えません」
政権発足から2週間を過ぎた岸田首相に、“危機対応”という壁が立ちふさがった。