宮崎駿監督(83)の『君たちはどう生きるか』が2月18日、英国アカデミー賞のアニメ映画賞を受賞した。イギリスの公共放送BBCによれば、日本の作品がアニメ映画賞を受賞するのは初めてだという。
昨年7月に日本で公開された『君たちはどう生きるか』は10年ぶりに宮崎監督が、脚本も自ら手掛けた長編作品として注目を集めた。だが、事前にストーリーが明かされなかったこともあり、「よくわからなかった」「子供には難しいのでは」という声も多かった。
公開直後に本誌が取材した映画コメンテーターもこう語っていた。
「終了したとき客席もドヨドヨしていましたが、実は私も初めて見たときは『何を訴えたいのか、よくわからないな』という感想を抱きました(笑)。そして2回目を見て、なるほど、と……」
だが12月に北米で公開されると、“ジブリ史上最高額の興行収入を記録”と話題になり、3月11日に授賞式が行われるアカデミー賞の長編アニメーション賞にもノミネートされている。
宮崎監督本人がキャスト・スタッフ限定の試写会で《おそらく訳がわからなかったでしょう。私自身、訳がわからないところがありました》とコメントした“難解作”は、なぜ欧米で高い評価を受けているのか? 脚本家で映画ライターの竹内清人さんに聞いた。
■日本とはタイトルが変わっている
「日本で難解ととらえられたのは、おそらくタイトルの影響もあると思います。吉野源三郎による小説『君たちはどう生きるか』が原作であると、最初に刷り込まれてしまっていたので、『いったいどういう話になるの』と戸惑ってしまった面はあるでしょう。あえて宣伝をしなかったこともあり、観客がどんどん裏読みしてしまい、難しくとらえすぎてしまったのです。蓋を開けてみれば、宮崎さんの自伝に近い内容だった(笑)。
いっぽう英語圏でのタイトルは『The Boy and the Heron(少年とサギ)』と非常にシンプルです。少年がサギと出会って、異界で冒険を経て成長していくストーリーだということがわかりやすく伝わったのだと思います」
“ヒーローの成長物語”として素直に受け止められたのには、タイトル以外にも理由があるという。
「神話学者のジョーゼフ・キャンベルは、世界中の神話はおおよそ1つのパターンに基づいていると提唱しています。それを映画に応用するために、ストーリーコンサルタントのクリストファー・ボグラーは、ストーリーを12のプロセスに整理したのです」
竹内さんによれば、それは下記のようなものだという。
【1】日常世界に主人公が不満を抱く
【2】主人公がその世界から冒険に旅立とうとする
【3】旅立ちの際に、他人から邪魔されたり、躊躇したりする
【4】未知との恐怖を乗り越え、師匠と出会う
【5】最初の関門を突破する
【6】試練に立ち向かいながら、仲間や宿敵と出会う
【7】もっとも危険な場所に接近する
【8】最大の試練を受ける
【9】報酬を受ける
【10】帰路につく
【11】もう一度困難に立ち向かい再生する
【12】宝を持って帰還する
「『君たちはどう生きるか』にも、この12のプロセスは当てはまります。絵コンテを描きながら物語を作っていく宮崎さんは、おそらく長年の経験則で本能的にこのメソッドを導き出しているのだと思います。欧米では日本と異なり、余計なバイアスがないために、ベーシックなヒーロー物語として受け入れやすかったのでしょう」
最後に、宮崎監督のオスカー受賞の可能性について竹内さんに聞いた。
「CG全盛の時代、『君たちはどう生きるか』の手描きアニメーションの魅力も非常に高く評価されています。
また10年近くの充電期間を経て発表されたものが、これだけエネルギーにあふれた作品だということも審査員から評価されると思いますので、『千と千尋の神隠し』に続く2度目のオスカー獲得も充分ありえると思います」