革新的なアイデアでモノマネのレパートリーを次々増やし、再ブレークしているキンタロー。(42)。順風満帆に見える芸人人生の裏には、亡き父に対する切実な思いがあって――。
「先輩芸人のみなみかわさんは松竹芸能を初めて円満退所されたそうなんですが、私は、“松竹芸能48”を、史上初、円満卒業しました!(元AKB48の前田敦子さんのモノマネ口調で)」
お笑い芸人のキンタロー。さんは、12年間在籍した松竹芸能を今年3月に退所した。
フリーになってから出演した『千鳥の鬼レンチャン3時間SP』(フジテレビ系)の恒例企画「サビだけカラオケ」では、アンジェリーナ・ジョリー、マリオのドッスンなどに扮して、カラオケに挑戦した。その様子が「涙が出るほど面白い」と大バズり。
デビュー当時は前田敦子さんのモノマネの印象が強かったが、最近は新ネタが次々ヒット、SNSのフォロワーも今年に入り2倍近くになった。その再ブレイクぶりはすさまじい。
小学生のころから芸人になりたいと思っていたキンタロー。さん。初めてのモノマネは、“お父さんのくしゃみ”だったという。
「毎朝お父さんが洗面台でするくしゃみがあって。妹に『お父さんのくしゃみってこうじゃない? ブラッホン!!』ってマネをしたら笑ってくれたんです。妹は5歳差で、年が離れていたので、どうにか気を引きたくて。父のネタは『わかる!』って寄ってきてくれて、うれしかったです」(以下、キンタロー。さん)
芸人を目指すキンタロー。さんは、関西の短大に在学しているときに吉本新喜劇のオーディションを受けることになる。
「オーディションで『きつねうどんをおもしろく注文してください』というお題があって。社交ダンスを踊りながら、時間をかけて注文したら、ウケたんです。それで吉本新喜劇に合格できたんですが……。
私は当時、ダンス部に在籍していて、好きだった先輩に『ダンスかお笑い、どっちかにせぇ! そんな中途半端なことをするな!』って怒られて。それで男を取って、新喜劇は辞退しました」
短大卒業後は社交ダンスの講師をやっていたキンタロー。さん。しかし2007年に母親を亡くし、父親も体調を崩したため、地元の愛知県に戻ることになった。
「お母さんが亡くなった後、お父さんのメンタルがやられちゃってて。お酒は飲まないほうがいいんですけど、こそこそ飲んじゃうんです。ほかにも、勝手に出かけて衝動買いで車を買ったり、借金して隣の土地を買っちゃったりして。少し目を離すと、とんでもないことをするから、つきっきりで介護していました」
数年後、要介護度が上がったため、父は介護施設へ入所することに。
「自分の時間が持てるようになって、一度きりの人生、まだちゃんと向き合ってなかった芸人の夢に挑戦したいと強く思いました」