詩人・谷川俊太郎さんが、11月13日、老衰のため92歳で亡くなった。今年4月に発売した詩集絵本『生きてるってどういうこと?』には、生と死をありのままに受け入れた自然体の谷川さんがいる。
「合作のほうが力が出る」と言い、自身の作品から詩を切り出して絵と組み合わせる、という本企画にも快く賛同してくれた。私たちに残してくれたことばの数々、そして「言葉は万人共有のもの」として幅広いジャンルで活躍し続けた谷川さんに心より哀悼の意を表し、書籍巻末インタビューを、全文掲載する。
■「92歳の谷川俊太郎がいま、思うこと」
いまの混沌とした時代についてどう思うか、聞かれることがあるんだけど、僕の場合は、小さいときから戦争が始まっていて、小学生から中学生にかけて東京が空襲されて焼け野原になったりしているのを目の当たりにしてきたんですよ。戦争のリアリティというのを割と小さい頃から知っていたんですね。だから、いま、ウクライナとロシアが戦争しているということも、当たり前のことのようにして見ちゃうんです。
やっぱり戦争は嫌なんだけれど、これはもう、人間の運命というか、宿命みたいなもので、いくら未来になっても戦争は終わらないだろうという感じを持っていますね。
一種の諦めのようなものなのだけれど、そこにあるリアルな感じというのを持っていたほうがいいのではないかと思います。人間はやっぱり争うからね。勝負事が結構好きでしょう?
だから、割と、いろんな事件が起こっても、もう平気になっちゃいましたね、年取ったら。
年寄りは、若い人と違って、全然発想が変わるんですよ。だから、諦めてもいいとか、絶望してもいいとか、そういうマイナスの価値が自分でもありのままに認められるようになったというところがありますよね。
言ってみればすごく自由になっていて、自分が感じることは全部リアリティがあるんだと思うようになって、あんまり、こういうふうに感じちゃいけないとか、こんなことを思っちゃいけないとか、というふうにはなってなくて、「何でもありだ」という感じになってますね、今や。
この本は、自然をテーマにした絵に、詩を組み合わせているけど、僕は子供のころから自然に触れて生きてきて、それが詩にも大きな影響を与えていると感じています。自然というのは自分の創作の原動力になっているんですよね。言葉の世界というのは一種人工的でしょう。どうしても、その言葉の世界のもとにある芸術というのに触れたくなるんですが、それが究極的には自然なんですよね。だから、やはり、東京にいるだけじゃなくて、ときどき自然の中に出たくなったりしましたね。
詩を作るときに、シチュエーションから設定するのか?っていうことについては、詩にも何かストーリー性が出てくるんですけど、それが第一に必要なんじゃなくて、その詩が持っているイメージが読む人の心を触発するというのが大事だと思っているんです。絵には見てくれた人に委ねるっていう部分があると思うんだけど、詩も本当にそうですね。想像力を働かせるという点では絵と詩は似ていますね。言葉から絵が出てくることもあると思いますが、逆に、絵から文字というか言葉が出てくるというのはよく感じますし。
言葉の持っている具体性というのかな、絵の具体性とまた違うんですけどね。そういう具体性みたいなものを抽象的な言葉から引き出そうとして書いていますね。
僕は若い頃から、来る仕事で、自分ができそうな仕事は全部受けていたんです。何しろ、大学にも行ってないし、手に職もないし、とにかく食っていかなきゃいけなかったから。
そういうわけで、例えば歌詞を書くとか、誰かのイラストに言葉を書くとか、自分とは違うジャンルの仕事っていうのをいっぱいやってきているわけ。それが結構、自分のエネルギーになっていたんですね。一人でやるのではなく、いろんな人とやるということが。
それは本当に、自分じゃなくて、他の人のおかげで今までやってきたという気持ちはすごくありますね。だから結構、合作のほうが力を得るというか、エネルギーが湧くことが多かったりするんですよ。自分にないものが出てくると、自分の中からまた何か出てくるんですよね、一人でやるよりも。ほかのジャンルの作品を見せてもらって、そこから自分の中の何かが湧いてくるということがありますからね。
僕は、これからあと何年やるか分かんないですけど、今まで経験したことのない何かが感じられるといいなというのは思います。だから、もう九十歳を超えていればほとんど時間はないわけだけど、やっぱり、前からの経験じゃなくて、何か新しい、九十歳を超えたからこそ感じるものがあるだろうと思うのね。それをなんらかの形で言葉にしたり表現したいとは思うんだけど、これも結構難しいんですよ。何か自然に降りてくるとか、湧いてくるとか、やっぱり自然とのつながりって、年を取れば取るほど強くなりますね。
タイトルについて出版社から相談を受けたんだけど、当初、二案あって、「生きてるってそういうこと」「生きてるってどういうこと?」というのがあったのね。それで、やっぱり「生きてるってどういうこと?」という疑問形のほうが、動きがあっておもしろいなと思って。
「生きてるってそういうこと」と言っちゃうと、何かその絵本を固定しちゃいそうですよね。「どういうこと?」って疑問形になっていると、読者の心の中で動くものがあるから、疑問形のほうが題名としてはいいと思いました。これも、読者に想像力を働かせるという方向につながるような気がしますね。
二〇二四年三月
谷川俊太郎
※こちらのあとがきは、談話をもとに作成したものです。
※本書掲載の詩については、一部を抜粋しています。
『生きてるってどういうこと?』のイラストレーター・宮内ヨシオさんは、谷川さんとの初対談の際の思い出を語った。
今年の1月29日、冬にしては暖かい日差しの午後、『生きてるってどういうこと?』の対談で谷川俊太郎さんのご自宅に伺いました。緊張しながら対談が始まりましたが、谷川さんは気さくにお話ししてくださいました。「ぼくが小学校3年生の時に読んだ『ことばあそびうた』が最初に読んだ谷川作品です」と話すと「では、あなたとは、ずいぶん長い付き合いなんだね」とおっしゃっていただきました。この国の、偉大な詩人である方が、初めて会ったイラストレーターのぼくにウイットのある言葉をいただき、大変感動しました。
対談が終わり、人のいなくなった仕事場で一人車椅子に座り庭を眺めている背中が目に焼きついています。一緒にお仕事できて光栄でした。ありがとうございました。
心よりご冥福をお祈り申し上げます。
2024・11・19 宮内ヨシオ