91年の波乱に満ちた人生を閉じた美輪明宏さん(写真:御堂義乘) 画像を見る

歌手で俳優の美輪明宏さんが6月20日、老衰のため亡くなった。91歳だった。同月28日、所属事務所が公式サイトで発表。通夜、告別式は本人の意向で近親者だけで既に行われ、お別れ会や偲ぶ会の予定はなく、香典や供花も辞退する意向だという。

 

この一年は仕事を控えて、体力の回復に努めていたという美輪さん。約3カ月前に体調を崩してからは自宅で静養しており、最期は周囲に「ありがとう」と感謝の言葉を伝え、静かに目を閉じたという。

 

美輪さんが生涯大切にしてきた美学は、外見の華やかさだけでなく、毎日の小さな幸せへの感謝だった。『婦人公論』で連載していたエッセイ「美輪明宏のごきげんレッスン」では、このような言葉を残していた。

 

《私たちは、ありがたいものに囲まれているのです。ありがたいとは、「有り難い」。当たり前だと思っていることが、実は有り難いのだと気づいたら、自ずと感謝の念が湧いてくるはずです。自分自身についても、歩ける、読める、聞こえるといった当たり前のことに感謝できると、幸せの数も増えていきます》(『婦人公論』2024年1月号)

 

これまで三島由紀夫や江戸川乱歩、寺山修司などの20世紀の名だたる文化人と関わってきた美輪さんは、戦後の芸能界を生き抜き、歌や舞台、そして言葉の力で多くの人に影響を与えてきた。

 

しかし晩年に大切にしていたものは、名声でも肩書きでもなく、「歩ける」「読める」「聞こえる」という小さな幸せへの感謝だったのかもしれない。都内の自宅周辺では、そんな晩年の美輪さんがその喜びを噛み締める姿が近隣住民に目撃されていたという。

 

「晩年にも、よく散歩にお出かけなさる姿をお見掛けしました。いつもごく庶民的な服装をされていて、あの華やかなオーラを隠されていました。でも帽子からこぼれた黄色い髪ですぐに気づいてしまうんです……。ここ数年の記録的な猛暑の日々にも散歩に出られている姿を見たときには少し驚きました。

 

お付きの方に寄り添われながら、歩く速度はとてもゆっくりで。でも、健康のために義務的に歩いているというよりは、日差しや季節の空気、風景を楽しみながら、ご自身の意志で歩くことが出来るという事実それ自体の喜びを噛み締めているような印象でした。ご表情にわずかな微笑みも浮かんでいたように思います」

 

「当たり前のことに感謝できると、幸せの数も増えていきます」。そう語っていた美輪さんが、最期まで慈しんでいたのは、“歩く”という何気ない日常行為の尊さだった――。

画像ページ >【写真あり】『メケ・メケ』でブレークした22歳ごろ、丸山明宏時代の美輪さん(他1枚)

出典元:

WEB女性自身

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