「政治家には結果が求められる以上、国民の生活実感に届いていないのであれば、『愚策だったのでは?』と言われてもおかしくない。それなのに、その国民の意見に反論する投稿を、しかも5連続でするなんて、やはり高市首相は、国民の現状を理解できていないのだなと思いました」
こう話すのは、岩手県陸前高田市の前市長の戸羽太氏(61)だ。2011年3月11日の東日本大震災当時、市長就任1カ月だった戸羽氏は、最愛の妻を津波で亡くしたが、悲しみを胸に秘めて復興に尽力した。
市民の現状や苦しみを理解して市政を担ってきた戸羽氏が問題としているのは、高市早苗首相(65)が8月14日にXに投稿した《物価高対策①〜⑤》という長文の5つの投稿だ。
高市首相はまず、《物価高対策①》の冒頭で、《高市内閣は、国民の皆様が苦しむ「物価高対策」をないがしろにして、自らの政治的信念の実現を優先しているように見えるとのご意見があるようですが、それは私の認識とは異なります》と書いている。
これに対して、戸羽氏はこう話す。
「高市首相は書き出しから、国民が抱えているであろう不満の声に対して、《私の認識とは異なります》と書いている。あろうことか、国民に反論してしまっているんです。『自分は物価高への対応に最優先で取り組んできたのに、なぜわからないのか?』と、イラ立っているのではないかと思うほどの文面に感じました」
戸羽氏は、高市首相が「国民の皆様が苦しむ物価高対策をないがしろにして、自らの政治的信念の実現を優先している」のは明白だと説明する。
「先の国会では、喫緊の政治課題である消費減税の議論は進めることができず、衆参わずか6時間半ほどの議論で皇室典範改正法案が可決・成立しました。その直後、各社の内閣支持率が軒並み下がったのをみても、多くの国民が疑問に感じたことは明らかです。
国民の目には『高市首相が国民の苦しみそっちのけで、自分のやりたいことばかりやっている』ようにしか映らないから、こうした批判が起きるわけです。首相はそれに反論した。しかもそれが、国会質疑や記者会見などの対話の場でなく、一方的にデジタルで発信できるSNSであることが、高市さんの考えをよく表していると思います」
高市首相は6月3日の参院本会議で「なぜマスコミとの対話を避けるのか」と問われ「国民の情報収集の手段が多様化する中、政策内容などについて丁寧にお伝えする方法としてSNSの重要性は高まっている」などと答えている。
「記者会見を行えば、記者からの鋭い質問が次から次へと飛んできますよね。それに対して、ご自身が臨機応変に答えられるだけの余裕がないのではないかと思います。
高市首相は、自分と違う意見や、意に反する質問をされることを非常に嫌う性格なのではないかと思うんです」
政治家以外との対話で思い出されるのは、2月のTBS衆院選開票特番で爆笑問題の太田光(61)から「もし(消費減税が)できなかった場合、高市総理としてどういうふうに責任を取りますか?」と問われた場面だ。
高市首相は「できなかった場合とか、暗い話をしないでください」などと答えていたが、太田からさらに重ねて問われると表情を変え「なんか意地悪やなあ」と関西弁で答えた。
「高市首相はイライラすると、すぐに強い口調になったり、関西弁が出ますよね。そういう姿を国民に見せるのが、政治家的に大きなマイナスだと自覚しているのだと思います」
自身も震災遺族である戸羽氏は、陸前高田市長として震災復興の指揮を12年執った。市の各地域を回って住民説明会に参加する中、被災者の怒りや悲しみ、苦しみを連日、目の当たりにしてきた。
「説明会の会場には、被災された住民の方が200〜300人も集まります。この場で言うしかないと決意されている方は最初から対決姿勢で、怒りに満ちた方もたくさんいらっしゃいます。財産や人生がかかっているわけですから当然です」
そこでは非常に厳しい言葉を浴びせられ、1時間の予定が3時間、4時間と延長することも多々あったが「帰るわけにはいきませんでした」と振り返る。
「毎回、『今日もいろいろ言われるだろうな』と思いながら会場に向かっていましたが、それは政治家の宿命でしょう。選挙で投票してくれた方だけを向いて政治を行えばいいのではありません。異論を唱える人との対話を避けたら、民主主義ではなくなってしまいます。
つまり、政治家は自分から進んで耳の痛い話を聞く機会を作らなければいけない。私はそう覚悟して臨んできました」
高市首相は、Xに寄せられる反論に目を通しているのだろうか。
画像ページ >【写真あり】12年(3期)にわたり市長として市民に尽くした戸羽前市長(他1枚)
