ジミー大西(写真:本誌写真部) 画像を見る

唯一無二の芸人であり、天才画家でもある男は世間のイメージと違い、冷静に自分を分析していた――。10月13日、ジミー大西(62)が関根勤(73)の公式YouTubeチャンネルに出演。「病院で点滴を外して口から飲んだ」「萩本欽一に“天然”と言われた」など数々の『ジミー伝説』を語った。

 

82年、大阪商業大学堺高等学校を卒業したジミーは吉本興業に所属。なんば花月劇場の進行係、ぼんちおさむ(73)の弟子を経て、明石家さんま(71)の運転手兼付き人になった。これが、運命の出会いだった。さんまは、普通の社会人なら叱られるジミーの行動をすべてネタに昇華し、『笑っていいとも!』(フジテレビ系)などで話した。

 

さんまの話芸で注目を集めたジミーは、独特のキャラクターでブレイク。「やってる!やってる!」「ふるさと?」「おまえも頑張れよ」などのギャグでも一世を風靡した。

 

《テレビとかに出れて、ここまでやれるなんて考えてもみなかったですからね。これも、みんなさんまサンのお蔭なんですけども、もう長くは続かないんやないですか。自信もないし、欲がないいうのか、人に遊ばれてるだけで、自分は満足なんですよ》(『BIG tomorrow』93年1月号)

 

ジミーは、反射的に持ちギャグを言ってしまう癖があった。それは、常に現場がピリピリしている『ものまね王座決定戦』(フジテレビ系)でも同じだった。タレントを怒鳴り散らすことで有名なディレクターが「じゃあ、本番頑張れよ」と声を掛けると、「おまえも頑張れよ」と返した。頭に血が上った敏腕テレビマンは「テメエ、上にあがってこい!」と大激怒した。このエピソードは、今回の関根のYouTubeで語られている。

 

ジミーは、常に笑いのネタに事欠かなかった。それなのに、どうして画家に転身したのか。キッカケは、子供とのお絵かき遊びだった。ジミーはさんまの自宅で、まだ幼いIMALUと一緒に絵を描いていた。すると、独特な作風にさんまが目を止め、『EXテレビ』で絵の企画をしている島田紳助(70)に伝えた。

 

92年、番組でジミーの絵画がオークションにかけられると、33万円で落札された。司会の上岡龍太郎は「平成の山下清になれる」と絶賛し、番組を見た岡本太郎が「迫力あるよ。四角いキャンパスからはみ出せば、もっと良くなる」と手紙を送るほどだった。

 

天才画家からお墨付きをもらい、徐々に絵の仕事が増えていったジミーは一念発起し、96年に芸能界を引退。心境をこう語っている。

 

《お笑いタレントって、バーッとテンション上げてハジけんといかん。でも徹夜で絵を描いた明くる日なんて、ハジけられないんですよ。それで、両方続けることはでけへんなぁと感じ始めて。特に僕はちゃんとした漫才や落語ができるわけでもない。番組の司会ができるわけでもない。みんなが突っ込んでくれることで笑いをとってた、ただの芸なしですから。それやったら、好きな絵の世界を追求したいなぁと思って、タレントの仕事は辞めようと決めたんですよ》(『週刊文春』2003年11月13日号)

 

バラエティでのイメージと違い、自分を客観的に見ていたジミーは画家に専念するため、ピカソ美術館のあるバルセロナに渡仏。3年間の移住後、スイスやカンボジアなど世界30カ国近くを周りながら創作を続けた。99年には、ブラジルのパラ州政府から文化功労賞を贈られている。

 

画家は絵が売れれば巨万の富を得られるが、そうでなければ生活もままならない。ある時、ジミーが自分の時給を計算すると380円になった。その事実に嫌気が差し、2016年から本格的に芸能活動を再開する。ジミーは以前と変わらない天然ボケを発揮し、バラエティで再び脚光を浴びた。だが、本人は違和感を抱いていた。

 

《若手もうまくて、おもしろい人ばっかりで、僕、まったくかなわないと思いますね》《僕は本当にトークもうまないし、バラエティにも自信がない》(『アサヒ芸能』17年7月13日号)

 

20年の時を経て、お笑い界のレベルは格段に上がっていた。だが、ジミーのような天然ボケは見当たらなかった。久しぶりに共演したダウンタウンの浜田雅功は「お前みたいなヤツ、他におるかなと思うたら、おらへんな」と賛辞を送ったという。それでも、不安は拭い切れなかった。

 

《今は戻ってはみたものの、「さて、これからどうなっていくんかなァ?」みたいな感じで、自分でもようわからんのです》(前掲『アサヒ芸能』)

 

筆を休めていたジミーは2020年、再び絵を描き始める。これも、さんまの一言に端を発している。2人で西麻布で食事をした時、師匠がこう呟いた。

 

《「人を喜ばすことを時給換算なんかしたらアカンねんで。絵描きも芸人も人を喜ばすためにやってんのよ。誰が時給換算してやってんねん」と言われて。その言葉を聞いて、「絵をもう一度がんばります」と誓いました》(『週刊プレイボーイ』21年4月5日号)

 

さんまはタイミングを見計らっていたのかもしれない。ジミーは創作活動を再開し、現在も展覧会を開いている。周囲に才能を見出され、好きな仕事に没頭していく。理想的な生き方は憎めない人柄、思い切りのいい決断力、自分を俯瞰する目がもたらしている――。

 

(文:岡野誠)

 

【PROFILE】

ライター・松木安太郎研究家。〈検証 松木安太郎氏「いいボールだ!」は本当にいいボールか?〉が第26回『編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム賞』デジタル賞を受賞。著書に『田原俊彦論 芸能界アイドル戦記1979-2018』(青弓社)がある。

 

画像ページ >【写真あり】「人を喜ばすことを時給換算なんかしたらアカン」と説教した大御所芸人(他1枚)

出典元:

WEB女性自身

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