「窓が大きな声で歌った」
「飛行機は犬でできている」
「男性は車を運転してその店へ向かった」
「六羽の鳥が森の上を飛んでいった」
「文章の意味が通る場合は「はい」、通らない場合は「いいえ」をクリックしてください」
これは昨年、経済協力開発機構(以下、OECD)が91カ国・地域の15歳、約76万人を対象に実施した国際学習到達度調査(PISA)の質問の一部。日本からは183校の高校1年生約6500人が参加。
テストの結果、日本の平均点は前回3位の「読解力」が4位、2位の「科学的応用力」と5位の「数学的応用力」はそれぞれ5位で、OECD加盟38カ国に限れば、初めて3分野とも1位となった。
文部科学省は「子どもたちの学力は世界トップレベルを維持している」と分析したものの、教育関係者からは懐疑的な声が上がっている。
冒頭の読解力を試す問題の答えは、「窓が大きな声で歌った」と「飛行機は犬でできている」は「いいえ」、「男性は車を運転してその店へ向かった」、「六羽の鳥が森の上を飛んでいった」は「はい」。全問正解で当たり前だと思うだろうが、正解率は2018年の92.2%から89.9%に下がった。
文科省は「子どもたちがSNSで流れてくる短文をあまり注意しないで見ている影響や、読書時間の減少などが背景にある」と分析しているという。
「SNSで短い言葉でポッっと出されると、相手の考えている気持ちとか意図を読まないといけないのに、みんなそのことに気づいていない。それで毎日のようにどこかで炎上しているのです」
こう語るのは、中学・高校の教壇に立ち、教科書の編集の経験を持つ明治大学文学部の伊藤氏貴教授(58)。子どもの読解力低下が叫ばれる中、同氏はスマートフォンの普及による影響を指摘する。
「SNSでも文字より動画を見ることが中心になっています。娯楽も漫画でさえ読む層が減って、SNSの動画やゲームに移り、活字をきちんと読む時間が減っています。
しかも動画の場合、テロップが一瞬で流れるのでじっくり考える時間がない。ちょっと文字を見たときにわからなければ立ち止まるという習慣が失われているのです。立ち止まって考えれば『飛行機は犬でできている』などという言葉の間違いに気がつくところ、それに気がつくことができないのです」(以下、伊藤教授)
SNSの普及により、現代人はかつてないほど頻繁に活字でコミュニケーションを取るようになった。しかし、短い文章のやり取りが増えたことで、かえって文章を正確に読み取る力が失われているという。
読解力を養うために必要な教育環境について、文科省の「学習指導要領」が、何度も変更されて学習する時間が短くなっている現状を強く非難する。
学習指導要領とは全国の学校で教える教育内容の基準を定める文科省の告示で、およそ10年に1度改訂される。次回は小学校が2030年度、中学校は2031年度、高校は2032年度から順次改訂される。
「一回思いっきり右に舵を切っておいて、拍子抜けするぐらいあっという間に元に戻す。現場はいい迷惑です。高校の国語に関しても、全く新しい科目を作られてみんながあたふたしていたと思ったら、8年程度で元に戻そうとします。学習指導要領が一番縛っているのは教科書で、指導要領が変わるたびに教科書を作り変えなければならないのです。
今、高校の国語の授業では契約書やSNS、広告、図表など実際に社会に出てからの処理能力を学ぶカリキュラムが入っています。社会人になってからでも十分間に合うものをわざわざ高校から教える。
その一方で、小説や古典をじっくり読みながらその背景にある作者の意図や言語が持つ文化的・内面的な深みを育てる余裕が失われ、入試などテスト対策に終始追われているのです。
次の改訂では読解力を養うようにシフトされるようですが、それもまた現場の混乱を招く要因になっています」
なぜ文科省は、教育現場を混乱させるような制度改革を繰り返すのか。同氏は官僚組織の構造的な問題を指摘する。
「官僚の彼らは成果を見せないとならないのです。社会の変化が大きく早く変わっているときに、学習指導要領という10年に1度しか変えられないもので縛っている。現場の先生は本当に苦労しています」
教員から教育の自由を奪い、過重労働を生む原因にもなっているという。
そんななか、次期学習指導要領では、小学3年生から中学3年生を対象に国語や算数などの各教科から一律で3〜4%程度授業時間(コマ数)を削減する方針を示している。
一方、社会に出てからでも間に合うと思われるパソコンのタイピング技術やプログラミング、AI活用、情報モラルなどを体系的に学ぶため、「情報」の新設や拡充が行われるという。
「ますます子どもたちの読解力が損なわれてしまいます」と、伊藤氏は危惧する。
教育現場ではパソコンの操作やエントリーシートの書き方など、実用的なスキルの習得が求められる傾向にある。しかし、目先の技術の習得よりも、言葉を理解し、自分の考えを表現する根本的な力を養うことが重要だと同氏は訴える。
「今すぐ使える技術というのは、10年たったら使えなくなります。たとえば資料を作る技術も今はAIを使えば一瞬でできる時代です。何時間もかけて教えることに意味はありません。
どんなにAI技術が発達しても、結局人間にとって変わらない土台の部分を、学生のうちに学ぶことに意味があります。じっくり一冊の小説や古典などを読む、という原点に戻ってほしい」
教育現場の声は霞が関に届くのか――。
画像ページ >【写真あり】「国語」などのコマ数を減らし、社会に出てからでも間に合うと思われる「情報」の科目を新設するという(他1枚)
