10年まえに悲劇が起きた障がい者施設で虐待が。(写真:共同通信) 画像を見る

「犯人の気持ちが分からなくもない」

 

少し前、高齢者の介護現場で働く数人の職員から、記者はそんな言葉を聞いて耳を疑った。

 

神奈川県の障がい者施設「津久井やまゆり園」で、30代職員が50代の男性入所者に平手打ちする虐待をしたと、9月14日、神奈川県が発表した。2016年に凄惨な殺傷事件が起きた現場でありながら、なぜ虐待が繰り返されるのか。

 

現場の職員が冒頭のように本音をこぼすほど、彼らは何に追い詰められているのか。その問いかけに対し10年前、同園での事件で被害に遭い重症を負った尾野一矢さん(53)の介護を長年担ってきた「自立生活企画」の大坪寧樹氏(58)は、静かにこう語り始めた。

 

「ニュースを聞いたときの最初の印象は、やっぱり職員は何かに追われるようにして仕事をしているんだな、というものでした」(大坪さん、以下同)

 

そう語ると、大坪氏は施設における介護の構造的な問題点をこう指摘する。

 

「お風呂に何回入ろうが、トイレに何回行こうが、一矢さんのような地域での一人暮らしなら自由です。お風呂に入りすぎたからといって誰も傷つきません。しかし、施設という集団生活の中では『あなただけに手をかけていられない、他の人もいるのだから時間通りに動いてくれ』という圧力になります」

 

さらに大坪氏は、施設介護の根本的な前提についてこう続ける。

 

「施設のペースに乗っかってくれないと面倒を見きれません、というのが大前提なんです。決められた時間枠の中で、上司から言われた業務をこなさなければならない。本人の意思を最大限尊重しようとする私たちのマインドとは、全く違うんです」

 

時間と業務に追われる職員たち。彼らが利用者を「管理」の対象として見てしまう背景には、極端な人手不足と、融通の利かない過度な責任追及のプレッシャーがあるという。

 

「たとえば、目の前でおばあちゃんが困っていて、『電球を替えて』と頼まれたとします。自然な感情としてやってあげたいと思っても、それをすると怒られるんです。『何かあったら誰が責任を取るんだ』『次切れた時も他の職員がやらなきゃいけなくなるだろう』と」

 

同氏はさらにこう指摘する。

 

「だから、優しさなんて持っちゃいけない。感情を押し殺して働くしかないんです。そんな息が詰まる環境で、職員が言った通りに動かない利用者にムカついてしまうのは、自然な感情と言えば感情なのかもしれません」

 

実際、虐待は津久井やまゆり園だけの特別な問題ではないという。大坪氏は、他の施設でも日常的に暴力が行われている実態を明かした。

 

「やまゆり園だから大騒ぎになっていますが、平手打ち程度のことなら、ドキッとしている施設職員はいっぱいいると思います。ある別の法人の施設で働いていた職員からは、『うちにも虐待がいっぱいあった』と直接報告を受けました」

 

同氏は、暴力は直接的な手出しに限らないとこう続ける。

 

「本人に直接手を上げなくても、ムカついた感情のまま、わざと物を蹴飛ばしたり、本人が取りたい携帯電話を取りづらい場所にずらしたりする。やられる方にとっては、命の危険を感じるほどの恐怖です」

 

一矢さんの両親である尾野剛志さん(82)らは以前、施設にいたころの一矢さんは「人としてではなく、頭数の1人、物扱いだった」と語っていた。利用者から見れば、コロコロと変わる職員と個人的な信頼関係を築くことは難しい。

 

こうした施設介護の構造的な課題を乗り越えるため、障がい者運動の先人たちは「パーソナルアシスタント」という仕組みを切り拓いてきた。利用者が自ら介護者を選び、直接お金を払って関係性を築き上げるというものだ。

 

大坪氏は、パーソナルアシスタントという制度の提唱者であり、障がい者福祉運動の先駆者である故・新田勲さんのエピソードを交えてこう指摘する。

 

「新田さんの運動は、施設の管理を一方的に批判し、自分の要求を通すためだけのものではありませんでした。気持ちを持って関わってくれていた職員が、過酷な労働で腰痛になり、突然廃棄物のように扱われて消えていく。目の前の職員の人間性を活かせない福祉のあり方はおかしい、という憤りから始まったのです」

 

利用者の尊厳だけでなく、職員の人間性をも守るための運動。その成果は、一矢さんの現在の暮らしぶりにもはっきりと表れている。

 

「最近の一矢さんは、おしっこが出ないのに何度もトイレに入って叫ぶことがあります。施設なら『さっき行ったばかりじゃないか』と集団のルールで処理されるでしょう。しかし私たちは、それが一矢さんの表現だと捉え、個人に焦点を当てて信頼関係を築いていきます」

 

さらに同氏はこう続ける。

 

「施設時代の一矢さんは、顔にいつも自傷行為による傷やカサブタがありました。でも、地域に出てパーソナルアシスタントの支援を受けるようになってからは、傷が全くなくなりました。久しぶりに会った施設の元職員が『随分きれいな顔になったね』と驚いたほどです」

 

大坪氏は、一矢さんの健康状態の変化についてこう指摘する。

 

「お腹にもお肉がついて、少し太りました。施設時代によくしていた嘔吐がなくなり、食べたものが全部栄養になっているんです。毎日来る介護者の名前を覚え、彼らが自分にとって欠かせない存在だと身に染みてわかっているのだと思います」

 

大坪氏は、一矢さん以外の重度訪問介護の事例も挙げ、地域で暮らす可能性を示唆する。

 

「親元での生活が無理になり、飛び出してきた知的障がいの若者も支援しています。最初は暴れたりと大変でしたが、地域で暮らし続けるうちにすっかりおおらかになり、今は『はたらきバンド』というバンドを組んで元気に歌っています」

 

また、施設職員の中にも、利用者の幸せを真摯に願っている人はいる。大坪氏は、かつて一矢さんを支援していたやまゆり園の元職員たちとの再会を振り返る。

 

「彼らは『施設職員である自分たちが会うと、連れ戻されると思って一矢さんがパニックになるのではないか』と遠慮していました。しかし、実際に会うと一矢さんは大喜びで、楽しい雰囲気になりました。施設側も精一杯やってくれていたのだと、感動すら覚えました」

 

同氏はさらにこう指摘する。

 

「それでも、彼らは地域移行というものをどこか切り離して考えてしまっている。自分たちはあくまで施設でやるしかないんだ、と。その壁を乗り越えられないのが残念です」

 

利用者が人間としての尊厳を取り戻し、介護者もやりがいを感じられる「地域移行」。国もその方向性を打ち出してはいるものの、現実の支援体制は全く追いついていない。

 

「国は『施設は終の棲家ではない』と掛け声だけはかけていますが、お金と人を充当する後ろ盾を全く作っていません。受け皿を用意しないまま放り出しているだけです」

 

そう語ると、大坪氏は国の無策に憤りを隠さない。

 

「結果として、千葉県の長生村の事件のように家族が限界を迎えたり、親が障がいのある子どもを手に掛けてしまうような悲劇が繰り返されています。1970年代の『母よ!殺すな』という当事者運動の時代から、根本的な部分は何も変わっていないじゃないかとイライラします」

 

では、施設や地域における虐待をなくし、職員と利用者が共に人間らしく生きられる環境を作るには何が必要なのか。大坪氏は人員配置の根本的な見直しを訴える。

 

「給料を上げるだけでは解決しません。私の経験上、深く寄り添うケアをするなら、1人の職員が担当できるのはせいぜい2人、送迎などの部分的な支援を含めても3人が限界です」

 

同氏はさらにこう指摘する。

 

「国が十分な予算を確保して、地域で暮らすための受け皿を作る。そして、施設であっても、担当人数を適正化し、本人の意思に寄り添える体制を整える。そうした抜本的な改革がない限り、悲劇は繰り返されるのではないでしょうか」

 

今回の虐待報道の後、大坪氏の知人がやまゆり園の施設長に電話をかけたところ、施設長はただひたすら電話口で謝り続けていたという。ロボットのように謝罪を繰り返す施設長と、感情を押し殺して働く現場の職員たち。

 

虐待を「個人の資質」の問題に矮小化している限り、根本的な解決は訪れない。国や社会全体が、障がい者の「生きる権利」と介護者の「働く尊厳」にどう向き合うかが問われている。

画像ページ >【写真あり】職員と利用者が共に人間らしく生きられる環境を作ることが必要。(他1枚)

出典元:

WEB女性自身

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