野田佳彦氏(写真:共同通信) 画像を見る

《二度も所属政党を壊滅させた野田さんはさっさと引退すべき。》

 

ネット上に渦巻くのは、哀悼の意ではなく、政治家・野田佳彦氏(69)に対する批判と怒号だった。

 

発端となったのは、野田氏が自身のホームページに11月2日付で掲載した「かわら版」・『福田元総理のご逝去を悼む』だった。10月22日に逝去した福田康夫元首相(享年・90)への追悼文の中で、野田氏はかつて政界を揺るがした“あの事件”に言及した。

 

2007年11月、ねじれ国会の中で当時の福田総理と民主党の小沢一郎代表(84)の間で浮上した、自民党と民主党による「大連立構想」。当時、民主党の広報委員長だった野田氏は役員会の反対意見に同調し、構想を頓挫させた張本人の1人だった。

 

ところが今回の追悼文で、野田氏は政界引退後の福田氏との会食を振り返り、《もっと早い時期に元総理と知己を得ていたなら…》と、自らの判断を悔いるかのような胸中を明かしたのだ。

 

この“今さらすぎる後悔”に、世論は激しく反発した。かつて政権交代を成し遂げながらも党を崩壊させ、さらに自らが主導した新党をも分裂させた野田氏の政治家としての歩みが、国民の脳裏に呼び覚まされたからである。

 

ネット上では、次々と辛辣な声が投稿された。

 

《野田氏は一政治家としては信頼出来る人物なのだろうけどトップに立つ器ではないんだろうな。これだけ何度も判断を間違うのは致命的だ。》
《貴方に政治家は厳しいと思います。民主党、中道と壊滅させてるし、感覚がズレている。》
《政治家にタラレバはない!! 野田さんは、元々政治家に向いていないと思います。》

 

野田氏といえば、民主党政権下で総理を務め、自民党、公明党との「三党合意」の末に衆議院解散へ踏み切り、結果として民主党政権を壊滅的な下野に追い込んだ過去を持つ。そして今年1月、立憲民主党と公明党(いずれも衆議院議員のみ)で結成した「中道改革連合」(以下、中道)でも、歴史的大敗を繰り返した。

 

中道は、参議院の立憲民主党や公明党との合流を目指したものの、今年8月末に合流断念が正式決定。事実上の分裂に陥った。野田氏は9月7日付のかわら版で、《誠に悔しく残念でなりません。ご支援、ご期待をいただいた皆様に、深く深くお詫び申し上げます》と謝罪したものの、最後には《私は中道勢力の結集を決して諦めません》と強弁。政治的責任を明確にしないまま、統一会派の模索など、“延命”に走る姿勢を見せている。

 

「世論が激怒しているのは、野田氏が“歴史のif”を感傷的に語っているからです。2012年に民主党を壊滅させ、次は自ら鳴り物入りで立ち上げた中道を空中分解させたにもかかわらず、本人は“中道の結集を決して諦めない”と唱えている。結局、中道が大敗した責任も取らず、今後のあり方についても納得のいく説明はしていません。

 

有権者や支持者からすれば“過去の美談や昔話に浸っている暇があるなら、まず目の前で引き起こした中道分裂に至る問題を総括し、説明責任を果たすべきだ”となるのは当然です。都合の悪い現実から目を背けていると受け止められたのでしょう」(全国紙政治部記者)

 

野田氏の強弁姿勢に対する違和感は依然として根強く、

 

《「私は中道勢力の結集を決して諦めない」 それなら中道に一人で残って中道勢力の道標であり続けるべきだったのではないですかね? 立場の弱そうな人に押し付けて自分は新天地にエスケープとは。》
《野田氏は福田元総理のことより、中道の件を先に説明すべき。》

 

といった厳しいコメントも。

 

かつて自民党との大連立を阻止し、その後民主党政権を崩壊させ下野。さらに今度は中道を7カ月余りで分裂させた。有権者の目には、二大政党を機能不全に陥らせてきた“戦犯”が、何ら説明責任を果たさずに政治活動を続けている姿は、“無責任な逃避行”と映っているのだ。

 

野田氏が有権者に今語るべきことは、19年前の“もしも”ではなく、自らが引き起こした“中道分裂”の総括。そして国民が激怒している中道の政党交付金の受領に対する政治的責任ではないだろうか。

 

画像ページ >【写真あり】福田康夫氏への追悼で“大連立反対の後悔”を語った野田佳彦元総理(他3枚)

出典元:

WEB女性自身

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