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連載第7回
円高株安

6月18日、G8ロック・アーン・サミット直後にオバマ大統領は、米国中央銀行トップのバーナンキ米連邦準備理事会議長を、来年1月31日までの任期の後、三期目の再任をしない可能性をアメリカメディアで示唆した。
2006年、前任者に代わって登場したバーナンキを一度は議長再任したオバマ大統領だったが、ウォール街では〝バーナンキには技がまだまだ足りないのでは〟との評価が最近少しずつ出始めていた。ユアサ的にこの人事はオバマの英断の始まりであろうと推理分析する。むやみやたらとバーナンキの一挙手一投足に何かの理屈を見いだそうとするマーケット・ウォッチャーには予想外かもしれないが、これは自然な成り行きと感じられる。

 


G8より前、乱高下するマーケットのなか、日本政府は6月12日の産業競争力会議(議長安倍晋三総理)で、日本経済の活性化に向けた成長戦略を決めた。
これこそアベノミクス第3の矢である。
この第3の矢の目玉は、安倍政権が設備投資減税をする!
と、はっきり踏み込んだことである。この設備投資減税方針をめぐってはさまざまな議論があるが、ひとことでまとめるなら、メーカーなどの大企業を中心に一定のインパクトはあるだろうと、ユアサは分析する。

 


マーケットは、当面、多様な意味合いでのもみ合いが続くと見るのが自然だろう。成長戦略という第3の矢が市場のハートに届く以前に、気の早さでは超がつくマーケットの雀たちが第4、第5の矢を求めるトーンを一斉に上げだしているからだ。
すなわち、昨年来の急激な円安から一転、逆に振れだした今の円高には一定のモーメンタム(はずみ)が市場でついてしまっていると考える人たちには、マーケットの雀たちが噂する瞬間風速で円高90円突破の可能性がないとは断言できないとの見方もあるが、今回のG8に際してのマーケット関係者は、「この円高株安はどこまで?」という見方と、「この円高株安はいつまで?」という見方に大別されるだろう。

 


こうなってくると、アベノミクス賛否論まで巻き込んで、議論百出と言えよう。そのなかにはアベノミクス息切れ感の意見も強いが、マーケットのもみ合いをもってその論拠とするなら、十二分な議論とは言い難いだろう。国際弁護士ユアサの分析では、注意すべきはマーケット関係者のみならず、経済ジャーナリズムとマーケット関係者たちとのコミュニケーションの幅だと考える。ユアサ的には、より開かれた豊かなコミュニケーションを期待したい。
日本はまず、日銀黒田総裁の金融緩和策だけを見ていたのでは困る。そもそも、日本が見つめているアメリカ経済が今なお微妙であり、半年後となると更に微妙なタイミングだからだ。
なぜ〝半年後〟を話題にしたのか?
と言えば、常識として株式市場は半年後を見つめて動くからだ。今年後半から来年を見て、バーナンキ人事をめぐり英断を下しつつあるオバマ大統領を見習って、日本の経済ジャーナリズム全体の空気が、幅広い熟練のビジョンを持つべきときだろうと、ユアサは推理分析する。

 


日本の経済ジャーナリズムは最近ずっと「円高株安」のオンパレードできたが、そもそも、市場の議論を「円高株安」に絞って経済ジャーナリズムがまとめるところが、ウォール街的なマーケットセンスに欠けるとユアサは考える。一般論で言って、来年に向けてアメリカ経済には微妙なポイントが多様に実在するにもかかわらず、狭い議論をして何とするのだろう?
理論的には、「円高ならドル安」、「円安ならドル高」となる外為市場は、いわゆるプラスマイナスゼロとなるゼロサムゲームだ。それに対して株式市場は歴史的に、プラスサムを長期的期間ではたどってきたことは広く知られる。
「なぜ、円と株に議論をまとめるのだろうか、日本の経済ジャーナリズムは……?」
海の向こうでは、日本の経済ジャーナリズムの関心事が、しばしば単純な情報に絞られがちな点を不思議がっている。



2カ月前、アメリカのメディアに対してヘッジファンド投資家として著名なジョージ・ソロスが、日銀の画期的金融緩和についてハイ・リスクな点を示唆しながらも、「クロダにあんなガッツがあるとは思わなかった」と語っていた。
だからといって、ソロスは日本の経済ジャーナリズムのように、軽くはない。
〝黒田日銀総裁の異次元バズーカ〟と、描写して持ち上げる日本の経済ジャーナリズムの反応が軽すぎるのではないか、とユアサは感じる。
確かに、昨年来の円安株高で儲けたファンドもあったが、そもそもヘッジファンド問題は第一期政権でオバマ大統領自らが乗り出したほどの複雑テーマだ。
日本の経済ジャーナリズムが、円安株高のキーワードで飛びつける代物ではない。
ヘッジファンドの背景にも歴史があり、経済ジャーナリズムがもっと幅広く老練に丁寧にコミュニケーションしないと、日本の人たちには単純な金儲けをしている話か?
といった誤解を与えかねない。



いずれにしても、株式市場では外為が波乱要因の一つとして、今後も乱高下やもみ合いがあるだろう。
しかし、逆に言えば、昨年来、まれにみるステディな単純ペースでの急激な円安を経験したことで、企業メンタル的にも、収益を握る各企業の想定相場の面でも、保守的であれば、一定の余裕ある蓄積は見込めたはずである。
従って本来的には、株式市場の方は一定のもみ合いのなかに、ゼロサム的外為市場とは異なる活路を見いだす余地があるだろうとユアサは分析する。

 


テーマは変わるが、例えば日本が農業において、従来のやり方からは様変わりした農業輸出へのより積極的アピールがあれば、アベノミクスに幅が生まれてくるだろう。農業輸出の大切さは、日頃、安倍総理によって強調されてきている。
設備投資減税の方針は、どちらかといえば大企業やメーカーに効き目のある話だが、ジャパンマネーがかつて世界を席巻したとき、旗振り役をつとめたのはすしバーであったことからも、日本の農業の輸出振興は見出しだけで終わってはならない。

日本食の美味しさと日本の農業国際戦略は、安倍総理のトップ経済外交によって、G8直前に東欧4カ国に対してアピールされた。
日本食と耳にして、国際弁護士ユアサが思い出すのは、安倍総理の尊父、安倍晋太郎氏の『おにぎり会』である。

ニューヨークの名門ホテル、ウォルドルフ・アストリアで1980年代に開かれた尊父の『おにぎり会』にユアサも招かれたが、ひと口サイズの可愛いおにぎりが忘れられない。明け方にホテルの日本料理店Inagikuで作ったばかりの美味しい日本の味だった。
その後、尊父とは、ユアサが帰国して、アメリカの元閣僚と一緒に表敬訪問会談した自民党幹事長室で、「また日本で会いましょう!」と言っていただいたのが最後となった。

 


安倍総理の気配りは尊父のそれであり、日米基軸を大切にする安倍政権のアベノミクスだからこそ、市場も乱高下のなか落ち着きを取り戻していく道もありえようとユアサ分析。

世界中どこの国でも、人々は目の前で市場が乱高下すると情緒的になったり、悲観的になったりしがちだ。

だから、アメリカのパワーと経済の中心地ウォール街では、大富豪や巨大投資家はしばしば遠隔地からマーケットを見るのを好む。ウォール街など経済の中心地の個々の見方に振り回されないようにする狙いもある。

日本の人たちもどこかクールな眼差しで、経済ジャーナリズムの円高株安議論を見つめていくべきだろう。

そうでないと、経済ジャーナリズムがうたう「円高株安」の情報が、ゼロサムの外為市場にプラスサムの株式市場をいたずらに振り回すツールになりかねない。

単純な情報トークが経済ジャーナリズムには好まれがちで、人間の触れ合いと背中合わせの実務話は表には出てきにくい。
しかし、日本を守るのは、首脳同士や関係者個々人の絆であり、安易な円高株安の組み合わせでもなければ、異次元なんとかといったSFストーリーでもない。微細な人間の技と闘いの蓄積が、人生という名の舞台と、人生を揺さぶるマーケットを回していくというのが、国際弁護士ユアサの見てきた現実世界だ。    (了)

 

 

①バーナンキ米連邦準備理事会議長

経済学者。専門はマクロ経済学2006年に第14代連邦準備制度理事会議長に就任。

②前任者

アラン・グリーンスパン。1987年から2006年まで第13連邦準備制度理事会議長を務めた経済学者。

③産業競争力会議

20131に発足した日本経済再生本部の下部組織。経済閣僚に加え、慶應義塾大学教授の竹中平蔵、楽天社長の三木谷浩史10人の民間議員が名を連ねている。

④アベノミクス第3の矢

民間活力を引き出すことで賃金上昇につなげ、家計の潤いを生み出すことを目指す。企業の設備投資を促す減税措置や、規制緩和など成長への道筋を示したほか10年後に1人当たりの国民総所得を150万円以上増やす目標を明記。

⑤日銀黒田総裁の金融緩和策

2%のインフレ目標を2年で達成することを目指し、長期国債やETFの保有額を倍増するなどの内容を4月に発表。

⑥G8直前に東欧4カ国に対してアピール

G8出発前、日米トップ電話会談で、オバマ大統領が安倍総理にTPP参加歓迎のメッセージを送ったことは、市場の安定化に寄与したとユアサ分析。

⑦安倍晋太郎氏

 

5657内閣総理大臣岸信介の女婿で、第9096代内閣総理大臣安倍晋三の父。竹下登宮沢喜一とともに、「三角大福」後の自由民主党を担うニューリーダーだった。通称「アベシン」。

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