image

先日、友人の栗城史多くんが5度目のエベレスト登頂を諦めて下山する決断をしたとFacebookに投稿しました。

栗城くんは12年の4度目のエベレスト挑戦をした際に負った凍傷で、両手9本の指を切断しています。そのとき栗城くんのお父さんは、なんと「おめでとう!」と言ったそうです。それには2つの意味があったようで、1つは「命を落とさず無事に帰って来れた」ことに対して、もう1つは「命があるのだからまた挑戦ができる」ということに対してでした。この話を聞いたときはビックリすると同時に、なぜ彼が私のような凡人には想像もつかないほどの不屈な精神力を持つようになったのかが少しわかった気がしました。

「可能性の前で限界を探す」人もいますが、栗城くんのように「限界の前で可能性を見いだす」人もいます。もし彼が「できない理由」を探していたら、無数に見つかったことでしょう。しかし栗城くんはそうしなかった。本当に心の底からしたい理由が見つかったのなら、できるかどうかを事前に決めず、できるようにするため全力を尽くすもの。それを、彼は一貫して実践してきました。

冒険家たちは、死ぬ危険に直面するために冒険しているのではないはずです。むしろ、生きていることを実感するために冒険をするのではないでしょうか。いつ訪れるかもわからない終わりへの意識を持つこと。そしてそこからくる「命への緊張感」があるからこそ、人間は生きている実感を得ます。命の危険にさらされる冒険をしているときに、「生きている」という強い濃度を感じる。だから9本の指を失っても、栗城くんはまた冒険に出かけていったのだと思います。

実は今回のエベレスト挑戦に旅立つ前に、栗城くんを囲んで友人と4人で壮行会を兼ねた食事会をしました。そのとき料理のプレートが運ばれるたびに、彼は必ずみんなの分を取り分けてくれました。私が「自分でやるよ!」と言っても「いや、僕にやらせてください!」と言って、いっこうに聞いてくれません。栗城くんは誰よりも純真で無邪気で謙虚で思いやりに満ちていながらも、不屈な精神力で逆境を乗り越え、誰よりも高い所に向かって挑戦し続けている。食事会の中で彼は、「極限の状態で感じることは感謝である」と言いました。極限であるからこそ、命への実感が湧くのでしょう。そして、その命を支えてくれたすべてのものに対して感謝の気持ちを抱くのでしょう。今回、下山を決意したとき、彼は次のような報告をしました。

《全力を尽くして登ってきました。しかし強風と深い雪のため、これ以上進むと生きて戻れないと判断しました。無酸素で登る中、今後さらに強くなる風と最終キャンプに戻るまでのタイムリミットを考えて、3:35(日本6:50)に悔しいですが8150m付近で下山を決めました。皆さんにたくさんの応援をしていただき、本当にありがとうございます》

「全力を尽くして登ってきました」という彼の言葉が心に沁みます。近くにいたら抱きしめてあげたい気分になりました。長年目指してきたエベレストに登頂できなかったことは、とても残念なことではありますが、目には見えないエベレストを栗城くんは何度も何度も登頂したのだと思います。そしてそのことが私を含むたくさんの人々に夢と感動を与えてくれました。栗城くんの勇気に心から感謝すると同時に、次の言葉を彼に贈りたいと思います。「挑戦は未来の自分の可能性に対する信頼であり、そういう意味で、挑戦を決断した瞬間にその挑戦はすでに成功しているのだ」と。


ジョン・キム 吉本ばなな 「ジョンとばななの幸せって何ですか」(光文社刊・本体1,000円+税)

image

吉本ばなな

1964年東京生まれ。’87年『キッチン』で海燕新人文学賞を受賞しデビュー。’88年『ムーンライト・シャドウ』で泉鏡花文学賞、’89年『キッチン』『うたかた/サンクチュアリ』で芸術選奨文部大臣新人賞、同年『TUGUMI』で山本周五郎賞、’95年『アムリタ』で紫式部文学賞、’00年『不倫と南米』でドゥマゴ文学賞をそれぞれ受賞。海外でも多くの賞を受賞し、作品は30カ国以上で翻訳・出版されている。近著に『鳥たち』(集英社刊)、『ふなふな船橋』(朝日新聞出版社刊)など。