私の母が80歳の誕生日を迎えました。傘寿ですね。
傘の略字が「八十」に見えることから、数えで80歳のことを傘寿と呼ぶようになりました。
息子と朝起きるなり実家に電話をかけました。
「母さん、おめでとう」
「ババ、おめでとう」
私と息子が交互におめでとうを言ったものだから、母さんは安堵したのか、泣き出したのです。去年は私の人生、受難でしたからね、頭の大手術をし、なんとか延命した母には酷な一年でした。それを乗り越えての傘寿です。離婚後、私が仕事で日本に来るたび、息子を預かってくれます。孫に美味しいものを食べさせたいと一生懸命料理をしてくれるのです。その結果、息子はちょっと肥満気味になりましたが、でも、有難いことじゃないですか。
「ああ、さっき、着いたんだよ」
と母が言いました。
「何が?」
「誕生日カードだよ。送ってくれたんだろ?」
私はなんのことか一瞬分からなかったのです。
「フランスから届いたんだよ」
と母は言いました。私は思い出しました。修学旅行時に息子に持たせた実家の住所が書かれた封筒のことを。あ、と思わず声が飛び出しました。
「お前が送ったバースデーカードがババのところに着いたってよ」
「え? 今頃?」
「でも、今日が誕生日だよ!」
「ほんと? すごい!」
息子が笑顔になりました。
「母さん、おめでとう」
「ババ、おめでとう、80歳、頑張ったね」
母さんはまた泣きました。そして、私にこう告げたのです。「ひとなり、お前のおかげでこの年まで生きることが出来た。私は、本当にびっくりしているんだよ。まさか、自分が、あれほどの大病までしたというのに、こんなに生きるだなんてね。ありがとう。息子とかわいい孫のおかげだよ」
私は目頭が熱くなりました。横にいた息子を抱きしめ、「長生きをしてね」と言いました。
息子も、
「ババ、ぼくのためにも長生きをしてね。あと20年、お願いします」
と言ったのです。そして、同じ日、フランスは父の日でした。息子が私にカードをくれました。息子と私の似顔絵に添えて、
「大好きなパパへ、いつもいつもありがとう。ずっと忘れないよ」
と書かれてありました。生きていれば、いいこともきっとあります。
さて、今日は、ほろっと苦くて甘いワカモーレを作りたいと思います。人生は泣き笑い、愛情スパイスの連続ですからね(笑)。
材料:アボカド 1個、紫玉ねぎ 4分の1個、プチトマト 4個、コリアンダー 大さじ1(刻んだもの)、ライム 半個、塩・こしょう適宜、ゆずこしょう少々、トルティーヤチップス。
レシピ:紫玉ねぎは細かいみじん切りにし、プチトマトは小さく切る。コリアンダーも刻んでおく。よく熟れたアボカドをフォークの裏側で潰し、切った具を全て混ぜ合わせる。ライムを搾り、ゆずこしょう、塩・こしょうで味付けする。よく冷やし、トルティーヤチップスと。
※アボカドはすぐに変色するが、中の種を入れておくと多少長持ちします。不思議ですね。たまにはご主人とメキシカンビールとワカモーレでカンパイするのも素敵じゃありませんか?
私メはひとりで乾杯します。いや、いずれ息子とカンパイをしたいですね(笑)。
ボナペティ。
エッセイで紹介されたレシピは、
辻仁成 子連れロッカー「希望回復大作戦」ムスコ飯<レシピ>で公開中!
辻仁成/つじ ひとなり
作家。東京都生まれ。’89年「ピアニシモ」ですばる文学賞、’97年「海峡の光」で芥川賞、’99年「白仏」で、仏フェミナ賞・外国小説賞を受賞。映画監督、演出家としても活躍。現在はシングルファザー、パリで息子と2人暮らし。
近著に『日付変更線』(集英社刊)がある。