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9月某日 東京

 

この度、〝舞台の原作を書く〟という今までやったことのない仕事を手がけました。といっても、お芝居の舞台ではありません。なんと、私とは縁もゆかりも無さげな、ストリート系ダンスチームのパフォーマンスの舞台の原作です。

 

ストリート系ダンスが何であるのかは判っていますが、未だかつてそれに対して何か特別な思い入れや興味を持ったことは正直ありません。ストリートダンスをテーマに漫画を描いた経験があるとか、その世界に詳しい漫画家であれば先方の依頼の動機も理解できるというものですが、古今東西の変人や古代ローマの風呂というニッチな題材の漫画を描いている私と、そんなおしゃれでスタイリッシュな世界との共通点となりえるものが何ひとつとして思い浮かばず、頭の中は疑問符でいっぱいになりました。

 

なので、依頼のメールを受け取った当初「これはもしかして依頼先を間違えたんじゃないだろうか……」という疑念が拭えず、何度も内容を読み直してしまうほどでした。しかし、最終的にそれが、私への依頼であるという確信を持てたのは、文中に「テーマは〝トイレ〟を考えております」という一節があったからです。しかもダンスチームの名前は「s**t kingz」…シットキング… シッキン…失禁……。

 

失禁と私との関連性はともかく、ダンスでトイレをテーマにした舞台にしたい、という意向にはピンときてしまいました。「ああ、要は水回り関係だから私を選んだのか……」と思った途端、彼等の依頼の動機にも納得がいきました。そう、だってわたしは〝水回り関係漫画家〟……。

 

というわけでもないのですが、『テルマエ・ロマエ』というお風呂を軸にした漫画作品を生んだ手前、現代のものはともかく、少なくとも古代ローマの水回りに関しては詳しい自負があるわけです。それに『テルマエ・ロマエ』の作中では確かに古代ローマ人の主人公が現代の革新的便器である〝温水洗浄便座〟を体験するといったシーンも描いていますから、それを踏まえればs**t kingzがトイレにまつわる話を私に作ってもらいたいという発想を持ったとしても、まったく不自然ではありません。そんなわけで「トイレ」という言葉に気持ちが動いた私は、直接彼等に会ってみて、具体的に話しを聞いてみることにしたのでした。

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人間にとって大事なのにさほど頓着されないものが、最高のクオリティでお笑いに昇華

日頃、おっさんや爺さんばっかり描いている私なので、若い男子たちと積極的に接触するようなことは滅多にありませんし、何より昨今の女子たちが騒いでいるような、今時のつるっとした様子のアイドルや俳優さんに、〝皺と出汁感があってこそ男〟と思っている私の気持ちが赴くこともありません。しかし、初めて会うことになったこのs**t kingzの4人の青年たちは、そんな私の若い男子に対する偏見をふっとばす圧倒的なオーラを放っていました。皆それぞれハンサムではあるんだけど、本人たちがそんな恵まれた外観にはあまり頓着していないというのか、わざとらしさが一切無いというのか、妙な澱みや濁りのない、風通しのよさがとにかく印象的でした。思い切り元気で快活そうなメンタリティが表情にも仕草にも言葉にも溢れ出ているのに、同時に思慮深く、真面目。そのうえ私の話にしっかりと耳を傾ける勤勉そうな姿勢。ダンスという表現を極めている職人さん、というのが彼等のイメージを表すのに一番正しい表現かもしれません。

 

しかも、彼らは本場アメリカでのダンスコンテストで何度も優勝し、あのマライア・キャリーのバックダンサーも務めたというではありませんか。彼等のキャリアはそこに留まらず、国内でも著名アーティストの振り付けを手がけるなど、実はダンス界においては沢山のファンを持つ大人気グループだったのです。そんな凄い人たちがなぜ私に……。

 

彼等いわく、それまではダンスパフォーマンスというと舞台でとにかく踊りをメインに見せるものが主体だったけれど、それを〝ストーリー仕様〟にしたらどうだろう? という発想に思い至ったのだそうです。その為には軸となる物語と脚本が必要になるわけですが、それを脚本家ではなく漫画家に依頼しようと閃いたのは、実は漫画にはダンスの参考になる要素が結構あるからだそうです。

 

例えば大袈裟な仕草が振り付けのヒントになったりもするし、コマの展開もパフォーマンスの構成には役立ったりするのかもしれません。確かに、表現としての分野はかけ離れていても、見てもらう人に楽しんでもらう、という部分ではしっかりと重なります。

 

考えてみれば、漫画という作業のプロセスで、漫画家はつねに原作と脚本も作る訓練をしていますから、完全に次元の違う仕事を頼まれたというわけでもないわけです。

 

私は溢れんばかりの好印象を放つこの4人組の為に、一生懸命トイレの話を考えました。自分が今まで経験してきた世界中の驚くべきトイレ、例えば中国の田舎のニイハオトイレからチベットのポタラ宮の最上階にあった標高3,700mのトイレ、キューバの田舎の巨大甕(かめ)トイレ、砂漠の〝祈りの姿勢カモフラージュ〟立膝トイレ、そして子供の頃のランドセルが引っかかって幸い落下を免れた恐怖の和式ぼっとんトイレ……。トイレによって刻まれた記憶はどんなに時間を経ても、なぜか鮮明です。

 

そんな古代ローマから現代に至るまでの古今東西トイレ考察を、大好きなミュージカルスターであるジーン・ケリーの映画にあるようなセリフを用いない、無言のダンスシーンの動きを想像しながら気持ちの赴くままに文字を書き連ね、気がついたらとんでもなく壮大なトイレのお話が出来上がってしまいました。そしてそのとんでもない話を、s**t kingzのメンバーが、ダンスのステージにふさわしいスタイルに仕上げてくれました。

 

たかがトイレ、されどトイレということで、正直人間にとってこれだけ大事なのに、さほど頓着されないものが、自分たちのハンサムさに頓着しない素敵な4人組によってとことん掘り下げられ、最高のクオリティでお笑いに昇華させてしまうステージは一見の価値アリです。

 

「ダンスという表現の幅を広げたい、その為には、経験の無い事を試みたかった」と語っていたリーダーのshojiさんですが、私みたいな変人漫画家に、どうなるかはわからないけれど思い切って声を掛けてみる、というその勇気ある行為のおかげで彼等は新しい一歩を踏み出し、私も自分の仕事に対する視野を広げる事ができました。表現者同士の触発というのは、表現手段が違っても大いにアリなんだなあと痛感した次第。

 

とにかく個人的には一生の思い出となる素晴らしい経験を積ませてもらいました。ありがとうs**t kingz! ありがとうトイレ!

 

「Wonderful Clunker~素晴らしきポンコツ~」は、9月9日(金)から六本木ZEPPブルーシアター六本木で始まります。
詳細は、http://shitkingz.jp/

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