「ポーラテレビ小説『さかなちゃん』(TBS系)のオーディションに合格してデビューしたのですが、どうやらリハーサル中に、演出家の久世光彦さんがこっそり私を見にいらっしゃったようで、撮影が終わるころには『ムー』の出演が決まっていました」
こう語るのは、五十嵐めぐみさんだ。思わぬチャンスを射止めたうえに、当時は制作費も潤沢で、新人教育に手間暇をかけてくれたという。
「新人女優の私や岸本加世子さんのために、何泊かの合宿がありました。本読みもやったのですが、演技の勉強よりも親睦を深めることが目的。スタッフと一緒にスキーをしたり、『句会をやるぞ』という久世さんに付き合わされたりしていました」
名演出家の久世氏は、新人にとって「ちょっと怖い」存在だった。
「久世さんによく言われて、心に留めていたのが『嘘の演技はバレるから、しちゃいけないよ』ということでした」
五十嵐さん演じる長女に恋人ができ、あるときゲップをして、家族が“つわりなんじゃないか”と勘違いされるシーンのこと。
「家で何度も空気をのみこんで本当のゲップを出す練習をしました。本番では一発OKで『お前、よくできたね』と驚かれました」
食事シーンが多かったが、ここでも本当に食べて、セリフに合わせ咀嚼していた。
「樹木希林さんは、納豆を食べながらでも流暢にしゃべるんです。新人にとって希林さんは近寄りがたい雰囲気がありましたが、芝居には見入ってしまいます」
弟役の郷ひろみとは、取っ組み合いのケンカのシーンも。
「壁にぶつかったら、白い粉が舞い落ちてくる場面では、NGを出すと掃除が必要なので、一発で決めなければならないんです。ドラマでは仲のよいきょうだいでしたが、大人気の郷さんは取り巻きの人も多く、プライベートの話をすることはまったくありませんでした。待ち時間はカセットデッキを楽屋に持ち込んで英語の勉強をするほど勉強家なんです」
父役の伊東四朗は面倒見がよく、自宅に呼ばれることもあった。
「女性出演者やスタッフで『どの男性がいちばんかっこいい』というアンケートをとったんです。もちろん断トツ1位は郷さんで、清水健太郎さんなどが続き、伊東さんは私の入れた一票だけ。逆に目立ってしまったかも(笑)」
『ムー』『ムー一族』(TBS系・1977~79年)
東京・新富の足袋店「うさぎや」を舞台にしたホームコメディ。唐突に情報番組風のコーナーが始まったり、郷ひろみと樹木希林の名コンビが挿入歌を歌い出したりとコミカルで前衛的な演出が話題に! 2人が歌う「林檎殺人事件」も大ヒットした。
【PROFILE】
いがらし・めぐみ
1954年、愛知県生まれ。1976年にドラマデビュ―以来、テレビ、舞台、映画など幅広く活躍。著書に『ありのままで~夫のガン死をこえLDの息子とともに』があり、多くの反響を呼んだ。