image

 

「離党を考えたことはこれまで一度もありませんでした。感謝の気持ちでいっぱいであるのと同じだけ、大変申し訳なく、苦しい思いでおります」

 

9月7日、『週刊文春』での不倫報道を受け、民進党を離党した山尾志桜里議員(43)。会見に臨んだ彼女の目には、無念の涙が浮かんでいた。

 

山尾議員は74年、宮城県に生まれ、東京都武蔵野市で育った。幼い頃から利発で、常に注目を浴びる存在。“勝ち組人生”のスタートは小6のとき、応募者1万数千人のオーディションを勝ち抜き、舞台『アニー』の主役を射止めたことだった。舞台関係者が振り返る。

 

「ほとんどの“アニー”は1年で卒業しますが、志桜里ちゃんは2年連続で務めました。演劇界に留まっていれば、いまごろ大女優になっていたかもしれませんね。でも、ご両親の教育方針もあって、学業に専念する事になりました」

 

山尾議員は中学、高校は都内でもトップレベルの国立大学付属校に進学。学校の最寄り駅沿線では“すごい美少女がいる”と有名な存在だった。才色兼備の山尾議員は高校3年生の9月に裁判の傍聴を機に、検察官を目指し、東大法学部に進む。99年に大学を卒業し、司法試験に合格したのは02年。その後の司法修習生時代、“食事会”をきっかけに夫のA氏と交際を始める。前出のA氏の知人が言う。

 

「志桜里さんが司法試験の勉強中、Aは就職した大手通信会社を辞めて起業家になっています。2人が出会ったのは、まさにAが新進気鋭のIT会社社長のときでした。志桜里さんは見た目がワイルドなAにぞっこんになって、すぐに交際に発展したようです」

 

山尾議員は検察官として、A氏は経営者として頭角を現していく。A氏の知人は言う。

 

「Aは起業した会社を約2億円でライブドアに売却して、同社の役員にも就任しました。ところがライブドアは06年1月、不正な株取引をした容疑で社長だったホリエモン(堀江貴文)が東京地検特捜部に逮捕されています。Aの勤務先に特捜部が内偵しているのだから、志桜里さんの上司もそれとなくAとの交際を注意していたようです」

 

それでも2人の意思はかたかった。周囲の反対を押し切り06年に結婚。披露宴に出席した司法関係者は、こう語る。

 

「夫が元ライブドアという肩書きでは、検察で出世は望めなかったと思います。それが政界転身のきっかけとなったのではないでしょうか」

 

07年、山尾議員は退官し政治家の道を歩み始める。選挙資金を手助けしたのも夫のA氏だった。09年、縁もゆかりもない愛知7区から出馬するが、“小沢ガールズ”の一人として旧・民主党の追い風に乗って初当選を果たした。前出の司法関係者が明かす。

 

「ところがまったくの落下傘候補のため、山尾さんは次の選挙では落選しています。そんな彼女を金銭面、精神面で支えてきたのがAさんです。長く資金管理団体の会計責任者でもありました」

 

そして16年に山尾議員は国会で、個人ブログに書かれた『保育園落ちた日本死ね』という言葉を取り上げ、待機児童問題について安倍首相に鋭く切り込み、一躍時の人となる。そして民主党の幹事長へ……という矢先に、自らのスキャンダルで失脚をしてしまった。A氏の支えもあって、順調にステップアップしてきた山尾議員。彼女のサクセスストーリーは「誤解を生じさせるような行動」(会見でのコメント)で終わろうとしている。

関連カテゴリー:
関連タグ: