《ある日、文藝春秋の社長あてに郵便物が届いたそうだ。ハワイからの差出人不明の謎の封筒。不審に思いつつも開封すると、それが村上春樹の新作の原稿だった……》
こんな都市伝説が小説ファンの間で飛び交うほど、村上春樹(64)の最新作『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』(文藝春秋刊)は、タイトル以外の情報はすべてシークレット。
「発売前日に入荷したんですが、『内容は(書店員も)見てはいけない。12日午前0時まで公開(販売)してはいけない』と版元からお達しがあったほどです。発売前に3度の増刷。累計50万部でスタートした作品です。本店では最初1千冊入荷しましたが、初日で売れていまいそう。前作『1Q84 BOOK3』の990冊を超えて、記録更新になりますね」(三省堂書店神保町本店課長・母袋幸代さん)
さて、気になるのはそのストーリー。主人公・多崎つくるは36歳の独身。学生時代に4人の親友に絶縁され、自殺を考えた過去を持つ。2歳年上の恋人・沙羅にある日、そのことを打ち明けると、なぜ4人に拒絶されたのか、その理由を自分の手で明らかにするべきだ。そうしないと私たちはつきあい続けられない、と言われる。そして、元親友の4人を訪ねる「巡礼の旅」が始まる……。
「真相を探る一方、つくる自身も人には話せない何かを抱えているようで……。村上春樹は『喪失』を書く作家として知られますが、ラストに向け、つくるが『救い』を見いだせるのか、それが気になりつつ物語にノセられました」
そう感想を話すのは、各誌で書評を執筆するライターの三浦天沙子さん。そして、今作はより女性に支持されるのでは、と続ける。
「以前の村上作品は、恋する男性にどこか壁があるような印象があった。ところが、つくるが沙羅に対してかける情熱、真剣さは読んでいるこちらがほだされるほど真っすぐでした。『女性としてここまでストレートに愛されてみたい』と思うと同時に、彼の再生の鍵を握る沙羅には『ぜひ彼を選んでほしい』と、思わず感情移入していました」