「私が(新生児のときに)取り違えられたということで、探偵が私を探していると……。最初は、そんなことがあるわけないと思いました。病院がそんな間違いを犯すことがあるだろうかと。何かの間違いだろうと思いました」

 

11月27日、60歳の被害者男性は、記者会見で「私の人生を返してほしい」と訴えた。東京都墨田区の賛育会病院で起こった新生児の取り違え事件。東京地裁は取り違えを認め、この男性に対し、病院に3千800万円の支払いを命じた。

 

本来、この男性が育つはずだった家は、庭に池もある豪邸だ。彼と間違われた男性は4人兄弟の長男として育ち、大学を出て、現在は不動産会社を経営しているという。それに対し、被害者男性の育ての父は2歳のときに亡くなり、母親が生活保護を受けながら3人の子供たちを育てた。この男性は中学卒業後就職し定時制高校を卒業。現在は独身で、トラックの運転手をしながら血のつながらない兄の介護もしているという。

 

なぜ、このような新生児の取り違えは起こってしまったのか。『ねじれた絆―赤ちゃん取り違え事件の十七年』の著者である、ジャーナリストの奥野修司さんはこう語る。

 

「取り違え事件が頻発したのは、今回の事例よりも後の’70年代。現在40歳前後の第2次ベビーブームの世代ですね。病院での出産ラッシュが起こると、赤ちゃんを抱き上げて運ぶ助産婦さん、沐浴専門の助産婦さんというように、オートメーションの工場の流れ作業のように、母子の世話が合理化されてしまったのです。これが、取り違えの温床になったのです」

 

‘73年の日本法医学学会の学会誌には、大学教授たちが全国を調査した結果「’57~’71年までの間に32件の取り違えが起きていたことが分かった」と、記載されている。

 

「32件だとされていますが、当時、法医学の専門家は『報告があるのは全体の5~10%だろう』と予測していました。つまり、日本全国で500件程度の取り違え事件が実際に起こっていたのだろうと推測されているのです。その数の中には、医療機関も、当人ですらまだ気が付いていない事例も含まれているのです」(奥野氏)

 

ベビーブームの陰で起きていた多くの取り違え事件。500件とすると、1千人の赤ちゃんに悲劇が起きていたことになる。今回、取り違えが認められた60歳の男性の生みの親・育ての親は、ともに他界している。男性は会見で悲痛な胸の内を、こう明かしている。

 

「実の両親に、この世に生を受けたことでは感謝しています。育ててくれた親に対しては、できることを精いっぱいやってもらったと思います。でも、実の両親の写真をもらって、会ってみたかったなという思いですね。生きて会いたかった」

 

親子の絆を結ぶのは、血か情か。そんな選択を迫られる悲劇は、1件でも起きてはいけないはずだーー。

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